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高校三年の武田と一年の高坂は付き合いだしてもう数年という長いカップルだった。 中学生の頃に高坂が武田の家の隣に引っ越してきてからの付き合いで、もちろん身体の関係もある。 武田は豪胆な性格と精悍な顔立ちで人気があり、高坂もまた類まれな美貌とその知識に惚れる輩が 少なくなかった。公には出来ない間柄だったが、そんな二人でも高坂は幸せを感じていた。 しかし、武田には悪い手癖がある。 女でも男でも自分の好みの顔をしていたら見境なく口説きまくるのだ。 いくら武田を好きでずっと一緒にいたいと思っていても、この武田の手癖の悪さに高坂は いささか辟易していた。 「・・・・信さん、いないなぁ」 当の高坂が武田を探して廊下を歩いてくる。 いつも一緒に帰っているためホームルームが終わるとたいていは武田が高坂の教室に迎えに 来ていてくれていた。 三年の教室に高坂が行くよりも一年の教室に武田が来るほうが気を使わないからだ。 もちろん、クラスメートたちは家が隣の幼馴染と知っているから変な警戒もせずに来たら声を かけてもらえる。 そんなわけで暗黙の了解のように高坂の教室で待ち合わせをして帰宅デートを楽しんでいたのだ。 しかし、今日に限ってはいくら待っても姿を現さない。 少しだけ心配になった高坂は三年の教室のある棟まで歩いて来ていた。 「・・・・・ッ、だから・・・」 ふと、社会科準備室の前で声が聞こえた。 高坂が耳をそばだててみると、案の定聞きなれた声が漏れてくる。 「いいだろ?一回だけお試しってことで・・・」 「腹が痛いんだってば、無理!前からずっとそう言ってるじゃないっすか!」 どうやら誰かを口説いてる真っ最中の様だった。 ぴくり、と高坂のこめかみが揺れる。 つい先日、武田は高坂のクラスメートに手を出そうとして彼に呆れられていた。 そのとき武田は出来心だから次はない、と弁明したはずだ。 それなのに舌の根も乾かぬうちにこの低落。 忍耐強いとよく言われるさすがの高坂も、とうとう怒り心頭に怒髪天をついた。 「・・・・・・失礼」 ガラリ、と勢いよくドアを開く。 スライドのドアは滑ったままがこんっと大きな音を立てて端にぶつかった。 その音と声に、押し倒しかけた相手の制服に片手を差し込んでいた武田の顔から血の気が引いてゆく。 高坂はあたりを軽く見回すと物陰に潜む二人をすばやく見つけ足音なく近づいた。 「すいません、そこのバカがご迷惑を・・・・」 二年生らしい相手の男に笑みを浮かべてそう告げると、武田のわき腹を軽く蹴って上からどかす。 「いてっ!・・・ま、昌信っ!痛いだろっ・・・・」 「うるさい」 武田のほうを見ようともせずに一言でぴしゃりと武田の言い分を止めてしまう。 「このバカにはきつく言っておきますので、どうぞお引取りを」 高坂の指先がドアを示すと押し倒されていた二年生はこれ幸いと逃げ出すように走り去っていった。 それを見届けてからひといきため息をついた高坂もまた、ドアに向かって歩き出す。 「昌信ッ!」 慌てて引き止めて弁明をしようとした武田に高坂の冷たい視線が突き刺さった。 「信さん・・・この間もうしませんっていったの、どこのバカでしたっけ?」 はりついたように浮かぶ笑みが相当怖い。 「うっ・・・こ、このバカです・・・」 「で。今さっきそこで嫌がる男子生徒の制服に手を突っ込んで悪戯しようとしてた救いようの ないバカ者は?」 さらに笑みの色が濃くなる。 「・・・・・」 武田は思わずこくりと息を呑み、口で勝てないことを知りながら高坂の手を取って自分の胸へと 抱き込む。弁明するならば肌が触れていたほうがいいと武田は本能で知っていた。 そしてもう誰にも邪魔されないようにと、もう一方の手がドアを閉め鍵をかける。 高坂は一言も発しないまま武田の腕の中で弁明を待っていた。 どんなに手癖が悪くても、どんなに女や男にだらしなくても、きっと武田が謝ってきたら許してしまう。 それほど、高坂は武田に惚れているのだ。 そして武田もまた、どんなにいろいろな花を渡り歩いていても最後には故郷に戻る蝶のように、 遊んだ後はきちんと高坂に謝罪をし戻ってきていた。 今度は謝りながらどんな甘い言葉を囁いてくれるのだろうと、知らず高坂の胸が高鳴る。 「・・・好きだ、愛してるよ。昌信」 言いながら武田の唇が高坂の唇へと降りてきた。 ぷにゅん、と当たる柔らかな感触に甘やかな息遣い。 高坂はうっとりと目を閉じてその確かな感触を受け止めていた。 「俺が愛してるのは昌信だけだ・・・・」 囁かれる言葉が胸の奥深いところで熱を含んだまま浸透してゆく。 高坂は武田への怒りがゆっくり溶けていくのを感じていた。 「確かに、アイツには何度か言い寄ったけどそのたんびに腹イテェからいやだー、だぜ?」 「・・・・・・・・・・・・!」 再び高坂の額がびしいっと硬く血管を浮かばせる。 「第一さ、あいつとは寝たことないしこれからだってないぜ?今回だってヤろうと思って たわけじゃなくてさ。どっちかっていうと昌信にやきもちやいてもらいたくてわざと やってたんだよな。マジで」 ぺらぺらと。 饒舌なまでの武田の言い訳が並べ立てられてゆく。 そのたびに高坂の眉間は寄っていっているというのに。 「それなのにお前ってば疑ってばっかりでさ。ちょっとは俺の気持ちもわかってくれよ・・・・・」 そこまで言ったところでようやく高坂の変化に気付いた武田が口元を引きつらせた。 「・・・えと、いや・・・ほんと、マジで・・・う、嘘じゃないって!神様・・・いや、 神様仏様キリスト様閻魔様に誓ってマジネタだから、な!な!」 念を押すように武田が繰り返すと、高坂は額に血管を浮かばせたまま艶然と微笑み視線を流す。 視線と視線がぶつかった。 「・・・・・信さん、わかりましたよ」 「わかってくれたか・・・?」 少しだけ安堵した様子の武田に、高坂は思いっきり脛を蹴るような形で一撃をお見舞いする。 「信さんがどれだけ救いようのないバカで、一生治らない色キチガイだってことが!」 だんっと大きな音がして武田の大きな体躯が床に沈みこんだ。 「まっ・・・昌信っ・・・・」 脛を片手で押さえ、もう一方の手で高坂の身体を追おうとする。 しかし高坂はその手をひらりとかわしてドアを開けると恐ろしい足音を響かせながら去って いってしまった。無論、高坂の怒りはその後しばらく解けなかったという。 |