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森長可異聞 - NAGAYOSHI MORI - 第ニ章
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「・・・・ッ、っしゅん!」 森の城へと戻ってすぐに勝蔵は内衣姿へ着替え始めた。 傍には所在なさげに座布団の上で正座する共成の姿も見える。 二人はあの後、共成が乗ってきた馬に跨って金山城へと戻ってきていた。 関家の人間が主君を連れてきたせいで家臣は驚きを隠せずにいたが、 すぐに共成の泊まる部屋を用意してくれた。 しかし勝蔵は自分の部屋に泊めると言って聞かず、 結局共成は明日この城を継ぐ若様の部屋に泊まることになってしまった。 「・・・・・・・申し訳ない。あの時ちゃんと服を着せてから語ればよかったものを・・・」 共成は耳を垂れた犬のようにしゅん、と肩を落として呟きを漏らす。 元服の儀の前に若君に風邪を引かせたとあらば一大事だ。 しかもまだ関と森は婚姻関係にあらず、親戚縁者の一員でもない。 共成は半ば切腹すら覚悟した。 しかし勝蔵はさっさと内衣に着替えを済ませると共成のほうへ新しい内衣を投げて渡す。 「別に共成殿の所為ではない。俺の不徳が招いた事だ・・・・・・それより」 内衣を着ろ、と視線で告げながら勝蔵は小間棚から小さな壷を取り出して二人の間に置いた。 そして少しばかり恥ずかしそうに白磁の頬を紅に染めて小さく呟く。 「・・・・・これ、こんぺいとう・・・っていう、お菓子らしい。甘くて、砂糖を星みたいに固めた やつなんだ。珍しいものだが、柴田殿が父上の訃報を知らせてくださった時に共に持参して くださった。柴田殿は織田殿から預かってきたと言っていた・・・・・・それで・・・・・」 最初、共成は彼が何を言おうとしているのかまったく理解できずにいた。 自慢なのだろうか。 それともどうしたらいいのか相談にでも乗って欲しいのだろうか。 考えあぐねながら内衣へと着替え終わると、共成は勝蔵が座る上座のふとんの手前、 下座に引いてある自分用のふとんへと腰を下ろした。 「はあ・・・・・、それで・・・?」 なかなか続きを言わない勝蔵に首を傾げながら共成が先を促す。 すると勝蔵は上半身を低くしながらそっと共成へ近づいた。 結いなおした髪がくるくると左右に揺れ、子供らしさを感じさせる。 「これを共成殿にも分けるから、・・・・・・・・・俺が泣いたことは、内緒にしてくれ」 ぼそぼそと耳打ちされて、つい共成は噴出して笑ってしまった。 一体何事かと思えば口止めだったとは。 確かに男児たるもの簡単に涙を見せるのは法度だが、父の訃報くらいは仕方のないことだろう。 元服していればまた話も変わってくるが勝蔵は今夜はまだ前髪姿なのだ。 それくらい知られても問題ないと思うのだが。 しかし勝蔵にとっては一大事な事らしく、共成が笑い出した途端紅潮しながら頬を膨らませてきた。 きっと共成を同じ部屋で寝泊りさせたのもこのことを口止めさせたいが故だったのだろう。 ・・・・・いや、本当は寂しかったのかもしれない。 今まで兄弟たちと同じ部屋で寝ていたものを、 父の死によっていきなり個室を与えられてしまったのだ。 哀しくて涙を流した夜もあっただろう。 共成は余計に勝蔵を愛しく思う気持ちを確認しながら小さな頷きを彼に返した。 「・・・ああ、わかったよ。黙っているけれど、その菓子とやらは勝蔵殿が持っていてくれないか?」 この言葉に勝蔵は首を傾げた。 そんな彼を見つめながら共成は必ず森家の娘を娶ろうと心に誓う。 縁戚関係になり、こんな一生懸命な彼の家臣として一生見守っていこうと。 そう、心から思うのだ。 そう思えるだけの素直さと真面目さを、勝蔵は持っていた。 「僕が食べたいと思った時はここに遊びに来るから、その時また、二人だけで食べよう」 約束だ、と共成は勝蔵の手をそっと握り締めた。 すると勝蔵は笑みが隠せない様子でこくこく、と何度も頷いてくる。 兄にも、父にも先立たれ、その寂しさを兄弟たちに見せることはまかりならなかった。 だからこそ、この共成の出現は彼の心の拠り所となったのだろう。 その共成がまた、しかも何度もこの城に足を運ぶことを約束してくれたのだ。 嬉しくないはずがない。 「勿論!・・・ちゃんと、俺の分も食べずに待ってるから」 年相応の笑みで答える勝蔵に共成もつい微笑んでしまった。 こんな弟がいればきっと楽しい時間を過ごせるに違いない。 「・・・あ、共成殿・・・・・」 ふと、何かを思いついたように瞬きをする勝蔵の顔に共成は小首を傾げながら相槌を打った。 すると勝蔵は壷の蓋を開け、中から黄色い色をした小粒の丸い菓子を取り出す。 これがこんぺいとうというものか、と共成が感心してみていると勝蔵は まだ幼い左手にそれを乗せ、今度は右手の人差し指と親指で摘み上げると そのまま流れるような動作で共成の口へと運んできた。 「約束のしるしに、ひとつ・・・」 そう言葉が聞こえると星のような突起が唇に触れて、そっと奥へと押し込まれる。 共成は目を見開きながらもその行動を甘んじて受けた。 ころん、とした感触の菓子が口の中へと落ちてきて、 それを押していた勝蔵の人差し指が唇に触れる。 その手を共成は軽く抑えるように掴んで唇に触れた指先にちゅ、っと小さな口付けを与えた。 甘い菓子に蕩けるような指先の感触。 子供の少し高いくらいの体温が唇に心地よい空気を纏わせる。 「・・・・・不思議な菓子だね。舌の上にあるのになかなか溶けようとはしない」 ふふ、と笑みを浮かべながら勝蔵の指先を解放した共成は続けざまに彼の膝の上にある 壷から一粒、こんぺいとうを取り出した。 優雅な動作や唇が触れた指先に勝蔵は無意識に頬を紅潮させてしまう。 微かな風に揺れる葦のように涼やかに動くような男は、公家の茶会などでしか見た事がない。 そんな共成は自分の周りには今までいなかった人間だった。 いや、一人いたとすれば勝蔵の兄、長隆くらいのものだろう。 しかし長隆ですらも共成ほど水の流るるがごとき動きはしなかった。 「約束のしるしというのであれば、僕も勝蔵殿にひとつ差し上げたい」 共成は微笑みを絶やさぬまま勝蔵の唇にこんぺいとうを押し当てた。 少しだけひやりとした感触が唇の熱を奪い、 口内にカラコロと音をたてて砂糖菓子が入り込んでくる。 「・・・・・・・・・・」 勝蔵は照れくさい思いに狩られたが共成がした仕草と同じ動作で彼の指先に唇を寄せ、吸った。 小さく濡れた音が室内に響く。 それは共成にとって予想していなかった出来事だったのか、共成の指先はぴくり、と揺れ動いた。 「・・・初めて食べた。大事に取っていたから・・・」 言いながら勝蔵は共成の指から自分の唇を離すかのように片手で口周りを覆う。 けれど視線だけは共成の指先から離れることはなかった。 共成はけして筋肉質なほうではないけれど、武人らしく無骨な指の節をしている。 それが妙に大人に思えて勝蔵はどきまぎしてしまうのだ。 そんな気持ちを誤魔化すように勝蔵は壷の蓋を閉め、 元の場所へと戻しふとんにかかる上着を捲った。 「・・・・・・・寝よう。明日は元服の日だから」 もぞもぞとふとんの上に寝転がって掛け上着を引きずると勝蔵の瞳は共成を見上げる。 その瞳は先ほどまでの不安な色が無くなった、澄んだ輝きがあった。 それを見て共成は吐息すら漏らさないものの安堵を胸のうちに感じてしまう。 「そうだね。きっと明日は大事な日になる・・・・・森家が飛翔するための、大事な日に」 共成の言葉を聞くと勝蔵は悟ったように勝気な視線になって頷きを返してきた。 明日は勝蔵が大人にならなければならない日だ。 急かされるままに大人になるということはどれほど辛いことだろうか。 共成は目を閉じて眠りに入ったまだ幼い少年の顔を見つめながら、 静かに自分の指先を己の唇に触れさせた。 先ほど勝蔵に吸われた部分がじわりと熱を持ったかのように疼く。 甘いこんぺいとうのように。 唇からなだれ込む感情が甘く響く。 そして共成は生まれて初めて、寝付けない夜というものを体験した。 |
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