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森蘭丸異聞 - RANMARU MORI - 第十四章
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春うららかな陽気の中、蘭丸は柴田勝家に連れられ越後の廃寺へと到着した。 先に潜んでいた滝川一益と合流し次の日の作戦を練るためだ。 長衣に黒袈裟、そして笠をかぶる虚無僧の格好はさほど不便ではなく、 蘭丸はそれなりに気に入っていた。 越後は上洛目の前にして突然の上杉謙信訃報で、家督争いが勃発した。 謙信に子供はおらず、養子の影虎と景勝との間で戦が続いた。 結果的には影虎の城を景勝が落としたことにより、跡継ぎは景勝ということになる。 その背景には子供の頃から景勝に仕える家臣、直江兼続の働きもあったと言われていた。 そして今、家督争いにようやく白黒ついた上杉城下はまだ警備もぬるく 情報を盗むのに適している。 蘭丸の役目は他の新米武将二人をつれて虚無僧の格好で城下を見回ることだった。 まずは上杉の城下の状態を見て、どれほどまでに国力を復活させているか 確認するのが目的だ。 「・・・蘭丸殿、なにかあればすぐにでも引き返してくだされませ。たとえ上杉に 囲まれたとしても突破する手はずと兵力は整えてございますれば、御身の無事を 祈っておりまする」 柴田勝家はそう告げると深々と頭を下げた。 その様子に蘭丸は慌てて頭を下げ返す。 「いえ、私が申し出したことなれば、皆様方には迷惑をおかけすることになり 申し訳ない気持ちでいっぱいでございまする。必ず成功させまする故、 数日お待ち下されませ」 蘭丸の言葉に滝川も頷きを返した。 こうして蘭丸は上杉城下へ間者として乗り込んだ。 期間は三日、二泊宿に泊まり再び廃寺へと戻ってくる予定だ。 蘭丸は虚無僧の格好で、懐に信長から貰った脇差を忍ばせ城下へ潜入した。 昼過ぎに城下に入った蘭丸たちは町の様子を見終え、宿を取るべく あばた道を歩いていた。 日が暮れた町はどんどんと人影を失い、色町らしき一角だけがざわめいている。 「ここでお待ちくだされませ。今確認して参ります」 一人の新米武将が声を潜めて蘭丸にそういうと、宿の空きを確認すべく向かっていった。 少し離れた林の傍で蘭丸ともう一人は彼が帰ってくるのを待った。 「・・・越後の国力はかなり落ちているな」 「はい、やはり攻めるのは今かと・・・」 蘭丸ともう一人の武将が静かに頷きあう。 上杉謙信が存命の頃には間者の一人も入らせなかった越後が、こうも簡単に 忍び込むことが出来るほどに弱っていることを蘭丸はその身で感じていた。 「お待たせいたしました、宿の用意ができたそうですので、こちらへ」 確認に行っていた一人が戻ってくると残っていた二人はなおいっそう深く 笠をかぶって歩き出した。 ”しがきや”と書かれた旅籠屋は一階が飯屋、二階が宿屋になっている。 酔っ払いが多い一階を足早に抜けると一人が代表して記帳を施した。 その間手持ち無沙汰になってしまった蘭丸はちらりと飯屋のほうを振り返った。 蘭丸の家系は代々織田に仕えてきた名臣だ。 こういった下町の様子には疎く、とても新鮮に見えて蘭丸の目を輝かせる。 すると、奥にいた男の一人が隣の男を肘でつついた。 「・・・おい、あの虚無僧・・・」 「んー・・・?ああ、他の二人はたいしたことねぇが、後ろの一人は・・・・・」 つつかれた男が同意を見せる。 男たちは笠の隙間から垣間見える蘭丸の素顔に視線を釘付けていた。 「よし、おかみに知らせろ。食事に例のヤツをまぜろってな・・・後はおれっちが仕留める」 「ひっひっひ・・・7:3で納得してくれるかねぇ」 下卑た笑いを潜ませながら二人の男が同時に動いた。 その頃、記帳を終えた蘭丸たちは部屋へと案内された。 三人で八畳ほどある、なかなかの部屋だ。 新米武将の一人が飯を持ってきてくれ、とおかみに頼むとおかみは快諾して 下の階へ降りていった。 「・・・・飯が終わるまで、今しばらく我慢ですな。この笠はどうにもむれて・・・」 「夏でないだけマシというもの」 思わず愚痴をもらす相手に蘭丸はくすりと笑いを漏らした。 ほどなくしておかみが戻ってくると、盆に少量の酒と小さな椀が並べられる。 「お通しです故、お食事の前に召し上がってくだされませ」 見るとつみれのようなものと薄く切られたきのこの吸い物が入っていた。 三人はすきっ腹のせいか瞬く間にそれを平らげ、次の食事を待つ。 しかし待てど暮らせどなかなかおかみがやってこない。 焦れた新米武将の一人がおかみを呼ぼうと立ち上がったそのときだった。 「・・・!?」 刀を握った男が二人、いきなり部屋の中へと押し入ってきたのだ。 新米武将の一人は声を上げる間もなく喉仏を水平に切られ、どすん、と音を 立ててその場に崩れ落ちた。 「ら、蘭法師!この場は私に任せてお逃げくだされ!」 そう告げるともう一人の武将も脇差を抜いて応戦しようとする。 ・・・だが、その手から抜いた脇差がぽとりと落ちた。 どうしたことか指先に力が入らないのだ。 がくりと膝をついた男の背に、心臓めがけて刀が振り下ろされた。 「・・・・・」 蘭丸の喉がひくり、と蠢く。 応戦しようにも、逃げようにも、筋肉が上手いこと動いてくれないのだ。 まさかこんなに早く正体が暴かれるとは思っていなかった蘭丸は下唇をきゅっと噛んだ。 「・・・ようし、あとはお前だけだな」 そう言って男は刀を振り構えると、下から上へと蘭丸の顔を切りつけた。 ざし、っと音がしてかぶっていた笠が剥ぎ取られる。 瞬間、隠していた蘭丸の前髪がはらりと宙を舞って零れ落ちた。 「・・・あぁ!?虚無僧じゃねぇじゃねぇか・・・・これは・・・」 男たちの目が今までよりも更に脂でぎらついたような視線へと変わる。 蘭丸は痺れるような感覚の手を動かして懐の脇差に手をかけた。 「・・・!おおっと!」 しかし男たちはそれに気付くと蘭丸の手首を取って捻り上げてくる。 「ぐっ・・・・ぅ!」 鋭い痛みに蘭丸が顔をしかめると、もう一人の男が手ぬぐいで蘭丸の 両腕を後手にくくった。 口には同じく手ぬぐいで猿轡を。 蘭丸は呆然とする思考の中で必死に正気を保とうとしていた。 先ほどの男たちの口ぶりでは自分を森蘭丸と思って刺客に来たわけではなさそうだ。 ではいったい何の目的があって。 そう考えていた矢先、おかみが階段を上って部屋へと入ってきた。 「おやおや、随分と派手に殺してくれたねぇ・・・後片付けする身にもなっておくれよ」 「しょうがねぇじゃねぇか。三人もいらねぇんだから」 言いながら図体のでかいほうの男が蘭丸の顎をぐい、と掴んで自分のほうへ向かせる。 「何が起こったんだって顔してるな?おめぇ、売られるんだよ」 「そうそう、美少年好きのじじいやら、人を殺すのが大好きな女とかにね」 くすくすと、おかみも笑って告げる。 ようやく蘭丸は自体を察した。 彼らは共謀して蘭丸を捉え、どこかに売りさばこうとする人身売買の闇商人なのだ。 自分を織田家の人間と知っての狼藉ではないことに、少なからず蘭丸は安堵した。 しかし繋がれた手の指先ひとつにも確かな力が込められない。 これでは体当たりをして逃げる、という手段も出来そうになかった。 「・・・・あれ、ま。この子虚無僧じゃないじゃない。前髪のある僧なんて聞いたことないわ」 「そうだなぁ・・・この顔にこの風体・・・どこかの小姓が間者に入ったってのが正解だろうよ」 ひょろりと背の高い男のほうがひひひっと笑いながら頷きを返す。 「なら丁度いいじゃねぇか。間者は二人ってことにしてお上に知らせりゃ、 仕留め料がもらえるぜ」 「そしてコイツはうっぱらう。・・・・これだけの顔はなかなかいねぇ、いい金になるぜ」 再び顔を覗き込もうとした男をきつく睨み返した蘭丸は逃げ道を探そうと目を泳がせた。 それを見ていた図体のでかい男は声をたてて笑い出す。 「なぁにしてるんだか。無駄だぜ?おめぇがさっき食ったきのこ・・・あれを酒と一緒に 胃の中に収めるとな、全身から力が抜けて頬が火照ってくるって代物だ。あと一刻もすりゃ おめぇは前も後ろも飛び切り淫乱に変わり果てる。腕やら足やら動かせても力が 入らなきゃ抵抗することもできねえな」 相手の言葉に蘭丸はかぁ、と頬を赤くした。 同時に目尻に涙が浮かんでくる。 その様子にひょろりとした男が生唾を飲み込んだ。 「・・・おい、せっかくだから試そうぜ?どうせきのこは明日の昼まで効き目があるし、 どっかの大名の小姓だったら、後ろもお手のもんだろ?」 性急な男はそうもう一人を促しながらも蘭丸の袈裟を引っ張りはがし、内衣の裾を はだけさせてくる。 むせかえるような血のにおいの中で蘭丸は足をばたつかせた。 力は入らなくとも、簡単に身体を明け渡すわけにはいかない。 しかしもう一人の男が参戦してきたことで蘭丸の足はすぐに捕らえられてしまう。 蘭丸は虚無僧の変装をしていたせいで袴をはいておらず、長衣に袈裟の格好だから 犯すのも簡単だ。 「・・・いいな、それ。おれも参加するぜ・・・」 人を殺したせいかやや興奮気味に図体のでかい男が擦り寄ってくる。 鼻息が荒いまま二人は蘭丸の下帯を脱がし始めた。 「あんたら!ぐずぐずしてる暇はないよ。早くその美少年隠しちまいな! 騒ぎにお上が着いちまうよ!」 二人の様子にイラついたおかみが噛み付くように怒鳴りつける。 耳をそばだてると、確かに他の部屋の住人がざわつき始め、蹄の音が聞こえてくる ことから城づとめの警備役人がやってきたことがわかった。 誰かが物音を聞いていて警備に連絡を入れたのだろう。 男たちは脱がせた袈裟や下帯と共に蘭丸を押しいれに閉じ込めると、入ってきた役人に もっともらしく説明をし出した。 「いやぁ、飯屋のほうにあやしい奴らが二人、うろちょろしてたんであっしらが 問い詰めたら突然切りかかってきやして・・・どうやらどこかの間者だったらしく・・・・・・」 その声を耳にしながら蘭丸は涙に長い睫を濡らした。 あの男たちに売られるくらいならばと自害をしようとしても、力も入らずそれすら叶わない。 信長の反対を押しきっての大役だったというのに、蘭丸は自分のふがいなさに 嗚咽を漏らした。 「・・・・・・・・・・!」 丁度押しいれの前で腕を組んでやりとりを見ていた一人の役人がちらりと後を振り返る。 蘭丸の声が聞こえたのだ。 微かながら漏れてくる嗚咽に首を捻りながらそっと押しいれの襖を開いた。 「・・・・うあっ!」 それを見て図体のでかい男が思わず唸った。 役人の視線の先には手を後に縛られ猿轡をかまされた蘭丸の姿がある。 「・・・これは・・・」 役人は背をかがめて蘭丸を押しいれから引き出した。 すると先ほど出しかけた脇差がことり、と畳の上へ転がり落ちる。 脇差には織田家の家紋、木瓜文様が刻んであり、役人は目を見張って蘭丸の 顔を覗き込んだ。 濡れ羽色の黒髪は艶やかに左右へ落ち、涙に潤んだ瞳も通った鼻筋も只ならぬ 美貌を極めている。 「・・・もしや、森・・・蘭丸か!?」 蘭丸はぎくり、と身体を強張らせた。 必死に否定しようとして首を左右に振る。 「・・・・おい、そなたら。間者は二人と申しておったな・・・三人おるではないか」 じろり、と役人が男たちをにらみつけた。 それには彼らも参った様子で肩を竦めながら愛想笑いを浮かべている。 「いやぁ・・・そのはずで・・・」 「・・・・・・記帳を調べろ!こいつらの話もおかしい、捕らえておけ!」 「ひぃい!!」 一目散に逃げ出そうとする男たちを数名の役人が押さえつけた。 同時に、出口から逃げようとしたおかみの身柄も拘束したという声がかけられる。 しかし蘭丸にはどこか遠い世界の音のように聞こえた。 頬が火照って仕方がない。 たまらない疼きを下股に感じると、蘭丸はずり、と両足を擦った。 「・・・・・おい、森殿・・・」 少し様子がおかしい蘭丸に、役人が慌てて猿轡を外させる。 「っ・・・ぁ・・・」 蘭丸は乱れた呼吸に胸を上下させた。 役人は落ちた脇差を拾うと両腕でそんな蘭丸の身体を抱え上げ、旅籠屋の 二階から降り始めた。 「直江様、いかがされるおつもりで?」 「まずは殿に報告を・・・処分はそれからだ」 そのやり取りに蘭丸は鼓動を早めながらも目を見開いた。 どうやら自分を助けたのは上杉景勝の重臣、直江兼続のようだった。 このままなにかをしゃべらされるようならば、力が戻った折に自害しようと。 蘭丸は揺れる脳裏で決意を固めた。 |
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