森蘭丸異聞
- RANMARU MORI -

第十章   


天高く舞う花に添えて





梅の花が咲く頃、信長は大きく足音をたてて小姓頭の部屋へと向かっていた。
その音はやけに響いていて、どこにいても信長が歩いているとわかるものだ。
蘭丸はその足音が自分のほうに向かっていることに気づいて廊下に続く障子を開いた。
「おお、お蘭。今日も美しいな」
薄紅色の小袴に春らしい新緑の小袖を纏った蘭丸に信長が感嘆の息をつく。
そんな信長の前に片膝をつくと蘭丸は琥珀色の紐で結わいた髪を
なびかせ深く一礼する。
「ありがとうございまする。・・・して上様、いかがなされました?このようなところまで
お呼び立てに来られずともこの蘭丸、上様の居室へ馳せ参じ参りましたものを」
「うむ。サルめが上等な宇治の茶を持って来たものでな、じっとしておられなんだ」
子供のように嬉しそうに信長がそう告げると、思わずつられて蘭丸の頬も笑んでしまう。
「もう信忠への書状は書き終わったか?」
信長の問いに蘭丸は頷きを返した。
万見の仕事を引き継いで小姓頭になった蘭丸は、ほぼすべての安土での
公務を任されている。
信長の書状への副状添えも蘭丸の仕事だ。
とみに大事にされていた万見の死によって信長の寵愛はすべて
蘭丸に注がれることとなった。
だからこそ信長はすべてのことを蘭丸に教え、任せたのだ。
小姓として仕え始めてまだ一年足らず。
信長の寵愛を一身に受ける蘭丸の異例の出世だった。

やけに機嫌がいい信長は蘭丸の手を取ると立ち上がらせ、
左手の扇子でそっと手招きした。
「今日はわしが茶を立ててやろう、お蘭、ついて参れ!」
「はっ!」
そして二人は中庭を通り離れに立てられた静かな茶室へと姿を表す。
後をついてきた小姓二人に信長が視線を滑らせた。
「そこで待て。心配ならば他に数人つけてもよいが、邪魔することはならぬぞ」
「かしこまりました!」
信長の制止を受けた小姓たちは足を止め、茶室の敷地に入る竹で
出来た小さな門の前で一礼した。
茶室は小さな一軒屋で手前に池を置いた日本庭園が広がっている。
天気のよい初夏などはこの庭で野点をすることも少なくない。
さらにその先には臣下たちの家が立ち並んでいて、間違っても敵が茶室を
襲撃することがないよう見張っていた。
信長は待ちきれないといった様子で蘭丸の手を引き茶室への入り口を潜る。
「今日はわしと二人きりじゃ。嬉しいか?」
「はい、上様!・・・・・蘭丸は、幸せでございまする。嬉しゅうございまする」
蘭丸はこのところ静かに茶の湯を楽しむ暇がなかった。
それに加え今日は大好きな信長と二人だけの茶会だ。
嬉しくないはずがなかった。
室内に入るとすでに湯が沸いていて、信長が蘭丸のところへ来る前から
用意させていたことを物語っていた。
床の間には千利休が見立てたといわれる壷に花が生けられている。
それをひとつ取ると信長は蘭丸の髪をくるりと円に結わいて差し込んだ。
琥珀の紐に濃黒の髪、そして艶やかな赤い花が見事な調和を保っている。
「うむ、ほんにわしの宝は美しいな」
いたく満足げにそう告げると信長は茶釜の前へと腰を下ろした。
飾りではないその言葉に蘭丸は気恥ずかしさを覚え、微かに頬へ
紅を散らしながらその横へと座る。
しゅん、とお湯が揺れる音が響き、ついで茶立の雅な擦音が耳に甘く落ちる。
蘭丸はうっとりとした面持ちで信長の手元を見つめていた。
「お蘭、いつも苦労をかけるな。礼になにかやりたいが、何がよい?」
信長はことあるごとにこう言い、蘭丸に褒美を遣わそうとしていた。
大事にしているからこそ蘭丸の欲しいものは全て手に入れてあげたいと
願っているのだ。
しかし蘭丸は拗ねたように目尻をきつくして信長の顔を見た。
「またそのお話でございまするか?蘭丸に欲しいものはありませぬと
何度も申しておりまする」
青色の高貴な茶碗が蘭丸の前に差し出される。
それを受け蘭丸は懐から懐紙を取り出し、茶碗を手にとって口元へと運んだ。
「しかしのう・・・・それではわしの気が収まらぬ」
持ち前の品の良さで形を崩すことなく茶を飲み干した蘭丸は、懐紙で
口がついた部分を拭い目前に茶碗を返して一礼する。
「・・・・・上様、もう十分頂いておりまする。普通ならばお目通りかなうことすら
許されぬ天下の信長様と二人きりで茶の湯を楽しませて頂いている・・・
蘭丸にとっては上様こそがふたつとない宝でございまする」
蘭丸の答えに信長は眉尻を器用に上げた。
「このように近い宝でよいと申すのか?」
言いながら信長が蘭丸の頬にそっと手を伸ばす。
触れた肌は暖かい茶のせいか、いつもよりも体温が高い気がした。
「上様もこの蘭丸めを宝と申されるではござりませぬか。蘭丸などもっと近うございまする」
蘭丸もまた頬に添えられた信長の手へ心地よさげに擦り寄る。
耐えかねたように信長が蘭丸の身体を抱き寄せた。
袴の裾が乱れ白い足が畳の上へと投げ出される。
「では褒美をやろう、お蘭。・・・・・・明日は立てぬやもしれぬぞ?」
「嬉しゅうございまするが、ほどほどにしていただきとうございまする・・・その、
上様は大きすぎます故、本当に立てなくなってしまいまする」
幾度も抱かれたうち、蘭丸は何度か腰が立たなくなるという経験をしていた。
その当時のことを思い出して蘭丸は首まで赤くなってしまう。
「言うたな、お蘭!わしが大きいとは誰と比べての事だ」
信長は蘭丸が他の誰にも抱かれていないことを知っていて意地悪にそう尋ねていた。
「私と、でございまする・・・」
蘭丸もまたその信長の意地悪を知っているから声小さく答える。
予想通りの回答に満足したのか信長は抱き寄せた蘭丸の身体を
着物の上からまさぐった。
「お蘭のものがかわいいだけではないのか?ほれ、このようにわしの手に収まって」
「・・・あっ!」
袴ごとぎゅっと股間を握られた蘭丸が声を上げた。
思わず信長の袖を握ってしまい、慌ててそれから手を離す。
いつまでも羞恥を失くさぬ蘭丸に信長は殊更の愛を感じていた。
「愛い奴よ・・・」
蘭丸の桜貝のように色づいた唇に信長の唇が吸い付いつく。
膝の上に蘭丸の身体を横抱き、片手が股間に、片手が後頭部に添えられた。
「・・・ぅ、ん・・・」
性急に舌を差し込まれ蘭丸の頭がびくりと揺れる。
それを信長が抑えようとしたため、花が丸く結われた髪から畳へ落ちた。
緩く縁をなぞり歯列を舐め上げると、噛むように口付けは深くなり
舌先から根まできつく吸われる。
股間を弄る指先はただ触れているだけのように上辺だけを丹念に愛撫した。
「・・・っ、ふ、・・・・ぅ」
じわりじわりと追い詰められていく蘭丸は思わず自分から膝を割って
少しだけだが足を広げてしまった。
信長はそれを見逃さず接吻を解いて蘭丸を見つめる。
「どうされたいか?お蘭。今日はそなたの言うことを聞いてやろう。先ほど
言うておったように、優しく触れられるのがよいか?・・・それとも、
いつもよりもなお激しく抱かれたいか?」
信長の物言いに蘭丸は胸元をがむしゃらにかきむしられたかのような思いを覚えた。
心ではだめだと思っていても、身体が激しさを求めている。
信長の粗野と思えるほどの雄らしさを蘭丸はとても好きだからだ。
「・・・・・やはり、上様は意地悪でございまする」
「この上なく優しくしているであろう?わしに文句を言うのはお蘭、
そなたくらいのものじゃ」
いつでも信長は一枚上手だった。
うまくはぐらかすことが出来ない雰囲気に、蘭丸は観念してちらりと
上目使いに信長を見た。
「・・・上様のお好きになさってください。それが蘭丸にとっても一番して
欲しいことでございまする」
「そうか」
信長は短く答えると蘭丸を畳の上へと寝転がした。
ざりっと畳と着物の襟が擦れる音が茶室に響く。
袴も小袖も剥ぎ取られ下帯と足袋だけの姿にさせられた蘭丸は思わず
恥ずかしさに口元を手で押さえた。
「隠しても無駄じゃ。もうわしはお蘭の良いところを知っておるぞ」
笑いながらそう告げた信長の人差し指の腹が、蘭丸の右胸の尖りをつん、と突付いた。
「・・・・・ッ!」
思わず息を呑んで身じろぎしたせいで、蘭丸の足元に置いてあった
青い茶碗が転がってしまう。
ごろりと重い音に瞬きをして蘭丸が起き上がろうとするのを信長の身体が
遮り再び背が畳についた。
「上様、大事なお茶碗が・・・」
「よい、そなたよりも大事なものなどこの世にはない」
信長の断固とした口調に蘭丸は心の底から火照る気持ちを感じる。
そして乳首をきゅっと摘まれ指を左右に捻られただけで蘭丸の身体から
力が抜けてしまった。
「ああっ・・・・」
蘭丸は口から甘い喘ぎを漏らした。
去年、まだ触れられることに慣れていない身体は触れられてもくすぐったいだけだった。
けれど今はこんなにも熱を持ちじんと熟れた悦楽を感じてしまう。
信長の愛撫に慣らされたのだ。
それが嫌だとは微塵も感じられない。
むしろ誇り高い気持ちにすらなってしまう。
「上様・・・・」
蘭丸は溢れ出る愛しい気持ちに信長の背へ両手をまわしぎゅっと
抱きついてしまった。
本来ならば許しを受けぬうちの所業に無礼と手打ちにさせられても仕方が
無いところだが、信長は以前からずっと蘭丸の好きにさせていた。
「お蘭、もうここに染みができてきたぞ」
抱きつかれたまま蘭丸の首筋近くで信長が囁く。
信長の左手は胸の中心をまさぐり、右手は下帯のふくらみを愛撫している。
白く長い布は蘭丸の股間が濡れるのをはっきりと示していた。
「上様を・・・恥ずかしながら欲しておりまする・・・・・」
蘭丸は上気した頬を信長の頬に摺り寄せ答えを返した。
「そうか、ではその証をわしによくわかるように見せてくれぬか」
信長は口端を笑ませると蘭丸の上から退いて自らも衣を脱ぎ始める。
しかし蘭丸は言われた意味がわからず、困ったような表情で信長のほうを見た。
蘭丸が学んだ本にはそういった事例が載っていなかったのだ。
信長は蘭丸の視線を受けて再び口元を笑ませた。
「・・・・・足を広げて下帯を脱いで、わしに見せるのだ。我慢できぬのなら
自分で弄ってもよいぞ」
そうあからさまに言われて始めて蘭丸はごくりと生唾を飲み込んだ。
ようやく事が理解できたからだ。


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