絶対無敵に恋人志願


Vol.15 言葉にすればするほど意味のない”Once Again We Are.”


おめでとう、なんて本心じゃなかった。
言葉だけでもそんな台詞を口にしなければならないことに腹が立った。
内心の激昂を抑えながらキッチンへと足を運んだ雪夜はすぐに執事の田村を
自分の元へと呼びつける。
ほどなくして失礼します、と礼儀正しい挨拶の後に田村の姿が見えた。
「雪夜様・・・」
キッチンに入ってきた田村は雪夜にどんな声をかけたらいいのかわからないような
声音でそう呟いた。
田村ともえさんはすべてを知っている。
その上で今回の計画に加担してもらったのだ。
「田村!どういうことだ!?報告ではまだ就職活動すらしていないと・・・」
銀色に煌くシンクをバンっと力いっぱい叩きながら雪夜が叫ぶ。
「は、はい。私どもの調べではそうなっておりました。ですので縁故ではないかと・・・」
40半ばの男が20代の男に頭を下げ、取り繕うように会話を交わす。
しかし雪夜の怒りは一向に衰える様子はなく今度は身体を反転させて
窓際の壁に拳をぶつけた。
「縁故でもなんでもかまわない」
殴った振動でカーテンの裾が右手の甲をなぞる。
それを苛ただしげにぐっと握り込みながら雪夜は顔だけを田村に向けた。
「前の会社と同じように、今度の会社も首にさせろ!金はいくら積んでもかまわない!」
必死だった。
今は少しでも佐渡里の側にいたい。
理由なんて後からついてこさせるから、ただそうしたい。
かしこまりました、と田村が頭を下げた瞬間、入り口のほうから猫の鳴き声が聞こえた。
カーテンを掴む指先がびくん、と揺れる。
この家で猫の鳴き声が聞こえることなど、ただ一点を除いてあるはずがない。
そう、佐渡里がキッチンの入り口に立っていたのだ。
「…さ…わた…り……今の…は…なし…」
聞いていないことを願った。
自分からこのつながりを断ち切ったなど、笑い話にもならない。
しかし佐渡里は自嘲するような笑いを鼻に抜けさせ、そのまま片口端を上げた。
「――あァ。聞いた。」
近づいてくる彼の足音が一度、また一度と心臓の温度を下げていくようだった。
どう声をかけていいのかわからず雪夜は首を左右に振る。
「・・・どういうことか、説明しろよ」
佐渡里の言葉にカーテンに手のひらの汗が滲んだ。
雪夜に近づいていく彼を田村が止めようとしたが、片手で払われ動きを止める。
気づいたら、怒りを露にした佐渡里の顔がすぐ近くにあった。
「・・・ッ!」
思わず雪夜は顔をカーテンの中へと埋め、ぎゅっと目を閉じた。
けれどそんな抵抗も空しく佐渡里に顎先を取られて力任せに彼のほうへと
顔を向けさせられる。
「説明しろ。・・・姫嶋!」
いつにない迫力で押し迫る佐渡里に、雪夜は唇を噛んだ。

どうしよう。
どうすればこの窮地を逃れられるのか。
考えても考えてもその答えはでてこない。
最悪の結末に観念するしか、雪夜にはなかった。

さらににじり寄られて、その端正な顔から色を無くした雪夜の唇が動く。
「・・・嘘、だったんだ。俺の病気も・・・佐渡里が会社を辞めたのを
知らなかった振りをしていたのも」
視線は俯いたまま、佐渡里の足元へと落ちている。
「最初から仕組んだことだったんだ・・・金を積んで会社に佐渡里を
クビにするよう頼んで・・・」
相手は無反応だった。
ただ自分の顎を掴む指先だけが会話の端々に緩く震えた。
「・・・毎晩佐渡里のベッドに忍び込んだのも、自分の意志だったんだよ。
病気じゃ、ないんだから・・・」
雪夜の独白に田村ももえさんも言葉なく立ち尽くしている。
しかし雪夜も、もう語ることは何もなかった。
そのまましばらく全員が動けずにいた。
それぞれがそれぞれの胸のうちで、状況を整理しているかのようだった。
すべてがばれてしまい佐渡里の信用すら失った雪夜の目元がゆっくりと潤んでゆく。

どうしよう。
わかってしまった、自分の想い。
こんな状況になって漸く自分が佐渡里を手放したくない感情に名前がついた。
それでも一瞬で終わってしまった、片恋。
一生彼は自分を許さないだろう。
だとすれば自分は彼の胸の内に残ることだけはできるだろうか。
縋るものもない雪夜は、知らずぽろりと零れていた涙に気づいて苦笑した。

「・・・なんで・・・なんでそんなことを」
雪夜の苦笑に弾かれたように佐渡里が言葉を発した。
まだ戸惑いを消化しきれていない声音だった。
こんなときですら、彼のテノールは心地よいと感じてしまう。
雪夜は涙の浮かぶ瞳を佐渡里の顔へと向けた。
最後くらい、潔く散ってしまいたい。
ちゃんと視線を合わせて彼にとって最高の笑顔を浮かべて自分を刻みたい。
「・・・・・わからないか?・・・いや、もうわかってるんだろう?」
白く滑らかな指先を佐渡里の両頬に当てて、ゆっくりと引き寄せる。
動揺していながらも彼はそれに抵抗しなかった。
「好きなんだ。佐渡里・・・晃次、君のことを愛してるんだ」
搾り出すように囁かれる言葉。
それに続く柔らかなキス。
触れ合った唇から自分の情熱が少しでも伝われば、と。
音すらしないほど静かな、丁寧な口付けだった。


虜だなんて無粋な言葉じゃないけれど。
それでも夢中なことにかわりはなかった。
気持ちをどれだけ積もらせれば、自分に振り向いてくれただろう。
もう、それも遅いけれど。
最後の思い出を、体温を、感触を、留めておきたかった。
君を僕に留めておきたかったんだ。




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