「…ぅ〜ん…。」
低い唸りを上げ、佐渡里は面倒くさそうに目を開けた。
眩しい朝陽が射し込む窓、廊下からは朝食のいい香りが漂ってくる。
混濁する意識から己を引き戻しつつ佐渡里は、昨夜あったはずの温もりを探し、
片手でシーツを弄る。
冷たくサラッとしたシーツの感覚に一気に覚醒した佐渡里はガバッと身体を
起こし、乱れた髪もそのままに、人の気配のするダイニングへと進んだ。
カチャッとドアを開けたその先には、珈琲の香りと朝陽の中、Yシャツをきっちり
着込んだ姫嶋が、昨夜の乱れた様子など微塵も感じさせない清廉さで立っていた。
「おはよう。」
僅かに瞳を細め、薄めの紅い唇が緩く弧を描いている。
昨夜、己の欲望を飲み込んだその濡れた唇に一瞬気を取られつつ、
バツ悪げに「おはよう…」と佐渡里は返した。
涼しげに食事を勧める姫嶋に、困惑しつつも佐渡里は席に着き、思い切って切り出した。
「な、なァ…、姫嶋。あの…さ、身体…平気…か?」
気まずさに佐渡里は、俯いたまま珈琲をズズッと啜った。
しかし、彼の耳に聞こえた声は実に間の抜けた声だった。
「…はぁ?何でさ?」
整った眉が訝しげに顰められる。
金箔で縁取られたカップに薄い唇を寄せ、サラリと零れ落ちる前髪を払い退けた姫嶋は、
顰めた眉もそのままに訳が分からないと僅かに首を傾げた。
「ぇっ?!…だって…あ…。あのさ、昨夜…のコト…」
白を切っているのか?
それとも本当に覚えていないのだろうか…?
昨夜の彼の甘い吐息や嬌声からは、酒気が殆ど感じられなかったと言うのに…。
大きく見開かれた佐渡里の瞳に戸惑いの色が走る。
それこそ最初は混沌とした意識の中におり、夢と現実の狭間を漂った。
しかし、あの出来事はもはや夢ではない。
そっと手にしたカップを置き佐渡里は、己の掌を眺めた。
この指で、この身体で…!
佐渡里の目が指が五感全てが、あのしなやかな身体を鮮明に覚えている…。
目の前にいるこの男は、昨夜この腕に抱いた温もりのはずである。
しかし、そうすると姫嶋のあの茫洋とした様子はなんであるのか、説明が付かない。
クシャッと髪を掻き上げ、頭を抱える。
一体昨夜の出来事は、何だったんだ!
「ねぇ…。一体どうしたっていうのさ。何かあったのか?」
気遣わしげに掛けられるに声すら、戸惑いを隠せない。
そんな佐渡里の肩に、トンと軽く手が置かれた。
ハッと顔を上げた佐渡里の横には執事の田村がおり
「佐渡里様、申し訳ございません。洗面台をご案内するのを迂闊にも
忘れておりました。どうぞこちらです。」
身繕いもせず現れた佐渡里をその場に似つかわしくないと思ったのだろうか田村は、
佐渡里をダイニングから連れ出した。
「…すいません。俺、朝起きて顔洗わず顔出しちまって…。」
姫嶋への疑問はとりあえず頭に置いたまま、佐渡里は素直に手を洗い、顔を洗った。
柔らかいタオルを渡され雫を拭っていると、ゆっくりと田村が話し出した。
「佐渡里様…。昨夜何かおありだったのですね…?もしやそれは、
雪夜様に関することでは…。」
チラリと佐渡里を伺う田村を、タオルで顔下半分を覆ったままの佐渡里が凝視する。
何で…知ってる…?コイツ…。
大きく波打ち始めた心臓の鼓動を深く呼吸することで抑えつつ、佐渡里の眼光は
強みを帯びていった。
佐渡里のその表情で田村は全てを承知したとばかりに大仰な溜息を吐き、
実は…と打ち明け始めた。
それは、姫嶋と再会した当初彼が口にした『病気』ということに関してだった。
田村が佐渡里に打ち明けた話は、佐渡里の想像を遥かに絶する内容だった。
姫嶋には夢遊病の気があるらしい。
厳密には少し違うのかもしれないが、就寝後一人で何かをしていることが
多々あるらしい。
それを本人は全く覚えていないそうだ…。
知らぬ間にパソコンで仕事をしていたり、バスルームにぼんやり佇んでいたり…。
そんな事が本当にあるのだろうか…?
執事にタオルを返し表情を繕い、佐渡里はダイニングへと戻る。
不思議そうに佐渡里を見つめる姫嶋に“何でもない”と笑顔を見せ、朝食の席に着いた。
声にならない心の叫び
魂の欲するまま、欲望の赴くまま
君は何を解放したいのか…
何を欲しているのだろうか
そんなに熱く…強く…
冷静の裏に隠された君の内の情熱
白昼夢に漂い 何処へ彷徨う…
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