「・・・・・久しぶり」
自分でもびっくりするほど、自然な笑顔が浮かんだ。
声音は柔らかく相手を警戒させないよう最善の注意を払って話し掛けている。
見上げるほど高い佐渡里の顔が今は目線より下にいる事に多少の違和感を
感じながらも、雪夜は何食わぬ顔で話を続けた。
「こんなところで会うなんて、偶然だな」
笑みは絶やさぬまま佐渡里の座るベンチへと自分も腰を下ろす。
本当は偶然なんかじゃない。
用意周到に仕組まれた罠なのだ。
罠をしかけたのは自分。
罠にかかるのは佐渡里。
しかし佐渡里はそんな雪夜の心中を知ってか知らずか人懐っこい笑顔を称えて
雪夜を見ている。
「ああ、本当だな。大学卒業して以来だから・・・五年ぶりか?」
長いような短いようなその年月を、雪夜は人知れず苦く噛み潰して頷きを返した。
「ゼミの打ち上げが最後で、もうそれくらになるね。佐渡里は変わらないから
すぐにわかったよ」
なんて。
これも嘘。
本当はずっとずっと見てきたのだ。
大学時代からずっと、雪夜は佐渡里に恋している。
けれどそんな気持ちを彼に告げられるほど雪夜はプライドが低くはなかった。
一度は諦めた恋だった。
それでも、佐渡里を欲しいと思う気持ちは止まらなかった。
だから彼は今ここにいる。
佐渡里という人間を手に入れるために。
「成長してねぇってか?姫嶋もかわんねぇな。今日は・・・。ってか、
お前仕事平気なのか?」
平日の昼間、公園に現れた相手への当然の疑問を佐渡里が口にした。
雪夜は柔らかな髪の稜線を指先で頬から払いのけ、組んだ足先の上に膝を
置いて頬杖をつく。
そのまま少しだけ考えるような表情を浮かべると指先を少し伸ばして
微かに濡れた唇を辿らせた。
雪夜のこんな仕草はノーマルの男でも時折どきっとさせるほどに色が出る。
佐渡里相手に自分のアプローチがどれだけ効くかなんてまだわからないけれど、
雪夜は艶やかな視線を彼へと向けた。
「・・・仕事は今日は休みなんだ。ちょっと通院しててね」
僅かに声のトーンを下げてそういうと、佐渡里が瞬きをしながら雪夜を振り返る。
「え?どっか悪いのか?」
予想通りの展開。
けれど雪夜はそれに対して答えるような事はせず、さらに表情を切なそうなものに
変えて瞼を伏せた。
「・・・ちょっと、ね」
言葉を濁す事で、お人良しな佐渡里は申し訳なさそうに眉根を下げてしまう。
「あっ、悪い。不躾だったな・・・」
それ以上は言葉にならず口を噤んでしまった彼の顔を雪夜は覗き込んだ。
「佐渡里は?どうしてこんなところにいるんだ?」
けして問い詰めるわけでもなく、笑みさえ含んだ表情で語りかける。
本当はわかっているのに知らない振りをするのも楽ではない。
それでも初めてしまった計画だ。
結末がでるまで、やめるわけにはいかなかった。
「ああ、俺は・・・その、会社をクビになっちまったんだ」
苦笑してそう告げた彼に雪夜は目を見開く動作を返す。
「本当か?それは災難だったな」
「しかもコイツのおかげでアパートまでオン出されてさ・・・今、住処探してる
とこだったんだ」
佐渡里が指す方向には、小さな背を丸める三毛猫がいた。
本当にどこまでも佐渡里はお人良しだと思う。
そこが誰も代わりにはならない彼の良さでもあるのだが。
「アパートが・・・なら、それなら、うちに・・・来るか?」
長い睫の隙間から誘うような色香を帯びた視線が佐渡里へと向けられる。
善良そうな瞳と口調で、出来るだけ真意を悟られないように。
「うちなら部屋が余っているし、佐渡里の好きなだけいてもらってかまわない。
その猫ごとうちに来ればいい」
名案だと口元を綺麗な笑みに象りながら、雪夜は有無を言わさない迫力で
佐渡里に迫った。
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