絶対無敵に恋人志願


Vol.2 Selection error?


「さぁ。好きな所へ行きな。此処なら誰かが拾ってくれるかもしれねぇからな。」
小さな柔らかな塊をそっと地面へ置くと、彼は近くのベンチにドカッと腰を下ろした。
すると突然僅かな悪寒…。
大きな身体をブルリと震わせた佐渡里晃次は、不意に周囲を見回す。
「フッ…まさか…ナ。」
小さな溜息と共に零れた言葉。
不幸の足音が聞こえたような気がした彼は、それも満更嘘でもないなと小さく嘲笑を零した。
広く逞しげな肩が、緩く前方へと傾く。
何故自分はこんな真昼間の公園で、ベンチに腰などかけているのだろう…。
そんな現実逃避で己の不遇を誤魔化しつつ、また彼は大きな溜息を吐き出した。
「…今年って厄年だったのか?俺…。」
手にしていた雑誌をポンと隣に放ると、綺麗に整髪されていた漆黒の髪をクシャリと
掻き上げ、膝に肘を乗せ頬杖を付いた。
大勢の人が行き交う大都会で、そこだけ切り抜かれたような奇妙な感覚に彼は
端整な眉を顰めた。
穏やかで憩いの場であるこの場に似つかわしくない表情で、佐渡里は空を睨んで
つい先日、己に突き付けられた悲惨な運命を呪っていた。


佐渡里の勤務していた会社は大手の商社。彼はその建設資機材部門に所属していた。
入社した当時こそは、ミスくらい人並にはしたし、同じ轍を踏まぬ様、佐渡里なりに
努力をし、今では同期の中では一番の出世頭となっていた…はずだった。
身長189cmという長身、筋肉も程好く付いておりかなり恵まれた体型、そして顔も
社内で5本の指に入るほどの男前と噂される彼だが、お人よしで人当たりも良く、気軽で
賢い性格が功を奏したのか、周囲に疎まれたり妬まれたりすることも殆どなく、
過ごして来たのだった。
そんな佐渡里が今朝来社と同時に、統合部長より依頼退社を薦められたのだ。言葉では
依頼退社というが、殆どクビに近いそれは既に決定事項らしかった。
訳が分からず彼も必死に理由を訊ね食い下がったが、どうやら上層部からの指示で
統合部長でもどうにもならない事らしい。
その上彼はことの経緯を知らされていないらしく、言葉を濁していた。
仕方なく彼はその足で席に戻り、その場で辞表を提出したのだった。
しかも悪い出来事は重なると言う。
それは本当の事だったと佐渡里は身を持って知らされることになったのだった。
会社を辞めさせられ、打ちひしがれた彼は私物をまとめた紙袋と共にアパートへと帰宅した。
アパート手前で数人の人だかりが出来ている。佐渡里の大家の奥さんと店子だった。
そこを軽く会釈をし通り過ぎようとした矢先、彼女が佐渡里にいきなり怒鳴りかけてきた。
「ちょっと佐渡里さん!アンタ、ここペット厳禁だって知ってるわよね?」
キツイ表情をした割腹のいい彼女が、金切り声を上げ下からグイッと押し迫ってくる。
「…ハア…。」
訳分からずも勢いに圧され顎を引き、ポリと首筋を掻きつつ返事をする。
「んじゃアレは何?!違約ですからね!違約金を払って一週間以内にここを
出てってちょうだい!いいわねっ!!」
鼻息も荒く彼の部屋のベランダを指差した彼女は、これ以上はいう事はないと
言わんがばかりに、カコカコとサンダルを鳴らしその場を去っていった。
一瞬の出来事に唖然としつつ、己の部屋のベランダに視線を向けると…そこにはまだ
仔猫だろうと思われる三毛猫が丸くなっていた。
すぐに、自分が飼っていたわけじゃなく、勝手にベランダに上がっていただけだと何度も
言い募ったのだが、その仔猫は毎日のようにそこで寝ていたらしく、
猫嫌いの大家は聞き入れてもくれなかったのだ。
部屋に戻りベランダを開けると、丸まっていた仔猫がか細い声で擦り寄って来た。
思わず軽く頭を撫でた所を運悪く大家に目撃され、彼の退去は決定付けられて
しまったのだった。


不運な出来事をぼんやり回想していた佐渡里は、ふと足元に擦り寄る小さな温もりに
気付き片腕を伸ばしてそれを軽く撫でた。
唇には思わず浮かんだ微苦笑を刻んでいる。
「やっぱダメか…。さーて…。どうしようかねぇ。住む所と働き口か…。
差し迫っているのは、住家ダナ。よし!」
パンと膝を叩き腹を括った佐渡里は、小さく頭を振ると先程放った雑誌を取り上げ、
ペラペラと捲り出した。
すると、日光をたくさん浴び明るかった紙面を遮った影が、突然彼の前で停まった。
一向に動かないそれは、佐渡里の手元を覗き込んでいるかのように感じる。
僅かに感じた不快感に眉を顰めつつ、佐渡里は顔を上げた。逆光に瞳を眇めて。
彼の視線の先にあった美しく整った顔に、彼には見覚えがあった。
「あれ…?姫嶋…か?」
細められていた目を瞠目し、その美しく整った顔を見上げた。
僅かに走った悪寒は再会の武者震いと無視を決め、懐かしさにいつものにこやかな
佐渡里本来の笑みを向けた。




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