Original Boys Love Novel 05

KISS TO KISS
LEVEL 05 あなたの足音が辿りつく瞬間







君じゃなきゃダメ。
他の誰でもダメ。

そんな言葉すら出てこない。
陳腐な俺。

でも知ってる。
君も俺じゃなきゃダメってこと。





家に帰った和輝は、貴子を問い詰める元気もなく、ベットの上で惰眠を貪った。
次の日は第二土曜日で、和輝の学校も、貴子の学校もお休みの日になっている。
だから、今夜無理して貴子の家へ行く必要などない、と思っているのだ。
しかし、疲れた和輝を無理矢理母が起しに来る。
「和輝、お客さんよ」
お客さん、と言われてもすでに夜中の十二時を回った今、一体だれが尋ねてくるというのだろう。
不思議に思いながらも母の圧力に負けて重い腰を上げる。
初めてHしたという疲労は、想像以上に腰に負担をかけているように思われる。
「はい、はい。・・・た、貴子!」
階段を降りて玄関を覗くと、諸悪の根元が涼しい顔をして立っていた。
「今晩はぁ。あはは」
和輝の疲れ果てた姿にさすがにヤバイと感じたのか、言葉尻はさほど軽くはない。
「あのね、あやかさんにこれ、渡しといてって、言われたんだけど」
貴子の手には、あのオヤジからもらったと思われる茶封筒があった。
「会ったのか?」
聞かれて、貴子はうなづく。
「なんか、言ってた?」
「別になんにもぉ?・・・あ、でも別れ際に『初めて後悔した』って、言ってたよ。・・・ねぇ、何の事ォ?」
和輝はなんのヒントにもならない言葉を頭にインプットすると、貴子に詰め寄った。
「貴子、今日の事は明日詳しく聞くからな。逃げるなよ。逃げたら、・・・わかってるな?」
すさまじい気迫に、貴子の声が蚊の鳴くがごとく、小さくはいと言った。

次の日、和輝はいつもより早起きをした。もちろん、貴子を問い詰めるためである。
「うわ、何だよ、この匂いは」
貴子の部屋に入るなり、和輝は鼻をつまんだ。いつもなら清楚なポプリの香りが漂う部屋なのに、
今日に限ってはあやしげな匂いが充満している。
「ひどぉい!これ、今流行のトワレなんだよ!」
貴子が激しく抗議したが、トワレでも、流行でも、和輝にとってはどうでもいいことだ。
「で、どうなんだよ」
和輝はいきなり本題に入った。
「何が?」
まだ貴子はしらを切るつもりである。
「だから、俺をAVに売ろうとした事について、だよ」
「あら、ばれてた?・・・はは」
頭をわざとらしく掻き始めた貴子をじろり、と睨んだ和輝は窓枠に寄り掛かったまま外に視線を移した。
「悪気があったわけじゃ、ないのよ?」
めずらしく貴子が本気な声で話しだした。
「もちろん興味本意なところだってあったし、それについては弁解しないけど。
それよりも何よりも、あやかさんが和輝と逢う事を望んだのよ」
和輝はびっくりして窓枠から落ちそうになった。
「あやかが・・・?」
すっとんきょうな声の質問にうなずきを返すと、貴子はティーカップにお湯を注いだ。
葉にはダージリンが用意されている。
「そう。和輝の話しをしたら、すっごく興味を持ったから逢わせて欲しいって。
でもあやかさんと友達になってから彼がホモだって知ったら、和輝悩んじゃうでしょ?
だから和輝にビデオを見せたのよ。そしたら、ほら、ね?」
それ以上言わないのは、貴子なりの思いやりか。
和輝はビデオを見た後の、自分の粗相を思い出してかわいたうすら笑いを浮かべている。
「和輝の感触も悪くなさそうだし、だったら劇的なご対面にしてみたいって思っちゃったのよ、貴子さんは」
「あ、そう」
やや脱力感が否めない。
もう理由なんてどうでもよくなってきてしまった。所詮貴子の所業である。
たいした理由など期待するほうがおばかさんなのだ。
貴子は黙り込んでしまった和輝をどうにか立ち直らせようと、話題を変えてみる。
「・・・だいたい、あやかさん家ってお金持ちなんだから、AV出なくてもいいのにね」
「金持ち?」
あやかの話題を持ち出すと、案の定和輝は耳を立たせた。
「うん。どっかの名家の息子で、好き勝手させてもらってるって。
なのにそういうことやってるってのは、やっぱり恋人がいないせいかな。それとも単にヤるのが好きなだけなのかな」
貴子は紅茶を一口飲むと、古い写真を出して来た。
「私があやかさんと初めて会ったのって、そう昔じゃないんだけど、
AVやってるって聞いた時はびっくりしたわ。だってあんなに奇麗な人なのに」
写真には二人でピースをしている貴子とあやかの姿があった。
昔っからかわいかったんだな、という感想を抱いてしまった和輝は、かなり毒されている。
「ホモになっちゃったこととか、AVにでてるってこととかは、なんか昔の恋人がからんでるらしいんだけど、
それ以上のことは私にも、ね」
言って和輝を見ると、彼は写真を握り締めたまま、眉を寄せて小さく息を吐いた。
貴子は、そんな和輝の肩を叩いた。
「あのさ、あやかさん今日は渋谷に行くって言ってたよ。気になるんなら、探してみれば?」
途端、和輝の顔が明るくなる。
一人でうだうだ悩むよりも、会ってすっきりさせたいと思うのは彼の性格上、当然だろう。
「サンキュー、貴子」
礼を言うと、和輝は足早に霧島家を後にした。

「あやか、ねぇ」
にやにやとした表情で、つぶやく。
「なぁんで呼び捨てになっちゃったのかなぁ?」
貴子は昨日のあやかの様子を思い出しながら、あごに手を置いた。
和輝の名を口にしたときの、たどたどしさ。
ただ、AVの相手をさせただけとは思えない。
「まぁ、あやかさん今日は売るかもしれないって言ってたし、和輝は男もんのトワレをつけてるし、で。
一波乱、吹いてもらおうじゃないの」
もちろんこの場合、売るのは春である。
一見おとなしく理由を話していたかのように見えた貴子だが、彼女は和輝より何枚も上手だったようだ。


渋谷、道玄坂。女子高生や彼女ら目当ての男どもがむらがる、場所。
あやかはその道玄坂を丁度ぬけたあたりで、客を待っていた。いつものとおり、煙草を吹かせながら指を五本立てる。
これで、彼が売りをしていると知らせるのだ。
そして、世紀末だからか、あやかが綺麗だからか、理由はともかく、三十分足らずで客は見つかった。
「君、一人?今日返らなくても平気?」
たれ目で、整髪剤のにおいがきつい、遊び人のふりをした男。とうていあやかの趣味には及ばない。
あやかの好きなタイプは、ちょっと真面目で、それでいて強引で、照れた笑顔のかわいい、あのひと。
「・・・なんで、あいつのことなんか」
ふと浮かんできた和輝の真剣な顔に、胸が痛む。
「何?」
似合わないダブルのスーツがあやかの顔を覗きこんだ。それをうざったそうににらむと、あやかは指を突付ける。
「前金で五万」
「えっ、高いんじゃない?」
女性だって、相場は二万から三万だ。
「嫌なら止めれば?ただし、僕ぐらいのレベルの売りが、他にいるならね」
高飛車な態度が、やけに似合うあやかだった。
「わ、わかったよ。じゃあ、ホテル行こうぜ?」
その言葉に、ますますあやかの眉がゆがむ。
「ラブホテルに誘う男なんてやだね。他の男の精液がつきそうで、嫌いなんだよ」
あやかはあたりをちらちらと見た。
「車もってないの?車でだったら、いいよ」
男はホテル代がかからないことに気を良くしたのか、にこにことあやかを自分の車へと誘いだした。


「ちっくしょう。見つからねェよォ・・・」
泣きそうな声で、和輝が呟いた。もう、一時間程渋谷センター街をさまよっている。
「渋谷って言ったって、人のいくところなんか決まってるじゃねぇかよぉ」
なのに、見つからない。運がよいのか、わるいのか。
「あとは、繁華街からはずれるっきゃ・・・」
はっと、電飾激しい建物が目に飛び込んでくる。まだ昼間なのでそんなには目立たないが、たしかにホテルである。
しかも、どう見ても親子ほどの年齢差の男女が、腕を組んで入ってゆく。おい、おい。昼間からか。
というつっこみはさておき、和輝の脳裏にあやかの顔が浮かんだ。
「そっか。あやかのことだから、人気があるような場所にはいかないよな」
それはそれで、問題があるように思えるが。
「よし」
一息ついて、和輝はまた走り出した。

これほど一生懸命になれるようなことが、今まであっただろうか。
欲しくてたまらないという感情を、抱いたことがあっただろうか。
恋とは、まことに不思議なものである。女性にもてて、人望もあって、おおよそ人の嫉妬を集めるに足りる和輝が、
よりにもよって、男に一目惚れしたのだ。
別にあやかが男だから、とか、そんなことで好きになったり嫌いになったりするほど、和輝も子供ではない。
あやかだから、好きになった。最初は整った顔。次に、のびやかな声。そして、仕草と言葉。
あがらえない引力がある、と今は思う。好きでたまらない。彼のなにもかもが。
唇に残る温もりも、強い意志を持った瞳も、どこかしらはかなげで、自分を嫌いな彼の悩みも。
きっと自分は好きでいられる。
絶対の自信があるわけではない。でも、身体の芯がそう言っている。
彼を好きになりなさい、全身で彼を愛しなさい、と。

しばらくして、和輝は繁華街を抜けた。それでも、人も車も少なくならないのはさすが都会というべきだろうか。
「ああ、信号点滅してるよ。早く」
突然、肩で息をする和輝の耳に、求めていた声が飛び込んできた。

慌てて振り返った先には、やはり魅力的で、官能的なあやかの顔がある。
「見つかった」
ほっとして、声をかけようと歩きだした足がふと、止まった。あやかの隣に男がいて、彼の肩に手を回していたからだ。
和輝の顔がこわばる。
何時間も探して、この仕打ちはひどい、と思った。
他の男と歩いている姿が見たくて、あやかを探したわけではない。
和輝は一瞬顔をそむけたが、拳を握り締めるとふたたびあやかを追った。
男と歩いていたあやかの顔を見れば、それが好意を持っての行動かどうかなど、一目瞭然である。
あやかのこれからしようとする事は、和輝にも理解できた。
だからこそ。
今自分の気持ちを見失ってはいけない。彼の手を、離してはいけない。
「あやか!」
力一杯の大声で彼を呼ぶと、あやかの体は感電したかのように大きく揺れ、すぐに振り返ってくれた。
驚いたように、嬉しそうに。
和輝はあやかを抱き締めようと、思い切り大地を蹴った。
もう、いくら腕のなかでもがいても、離したくない。他の男なんかに、取られたくない。
「あやか!」
もう一度名を呼んで。この腕に抱き締めたいから。
和輝の体が交差点に入る。
信号は、赤に変わっていた。


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