渋谷のセンター街で竜哉は雑誌を捲っていた。
今日はホワイトデーで蜷川と待ち合わせをしているのだ。
あの不器用で無骨な彼がどんな贈り物をしてくれるのだろうと、竜哉は密かに期待していた。
はやる動悸を抑えながらも竜哉はスノボの雑誌に目を通している。
そこへなにやら知った顔が声をかけてきた。
「あ!竜哉だー、何してんの?今日誰かと待ち合わせじゃないっけ?」
きょとんとしながら顔を寄せてきたのは竜哉の親友の陸登だった。
横を見ると陸登の恋人でもあり自分たちの英語の教師でもある元宮の姿もある。
「待ち合わせだけど・・・なんだよ、お前らこれからサカりに行くのか?」
あっけら、と告げた竜哉に陸登の顔が火を噴くように真っ赤になっていく。
「ちょ、ちょっと!竜哉・・・・さっ、サカったりなんかしないってば・・・」
陸登はいまどきにしては純情なほうで、竜哉がこういったからかいをしかけるとすぐに
照れて俯いてしまう。
それがまたかわいくて竜哉はついつい苛めてしまうのだ。
もちろんちゃんと親友らしく二人でいつもつるんで遊んだり、ノートを見せ合ったりする
一面もあるのだが。
「当然サカるに決まってるだろ?明日の陸登は使いものにならないと思え」
そこへ元宮が口を割り込ませてきた。
彼の言葉に陸登の顔が今度は青く変わった。
「しゅ、俊介まで・・・バカ、アホ、エロオヤジ!」
陸登は小声で叫びながら元宮の右脇腹にごすごすとパンチを入れている。
実は竜哉は元宮があまり好きではない。
かわいいと思っている陸登を奪った男だし、なにより休日のたびに陸登を独占してしまって
なんだかとても腹がたつ。
竜哉の恋人の蜷川が浮気をした場合の怒りとはまた違うもやもやを感じるのだ。
「ハイハイ・・・・おっさん元気だね。俺もこれからサカる予定だから、ほれ、帰った帰った」
しっしと払うように竜哉は二人に手を振った。
「なんだよ、竜哉。冷たい・・・・」
「ほら、陸登。こう言ってることだし行くぞ?オープンすけべは放っておけ」
大人の余裕なのかにっこりと笑いながら告げる元宮にあかんべをしながら竜哉が返す。
「むっつりすけべな変態ジジよりマシだってーの!」
「・・・誰がむっつりだって?俺もこの上なくオープンだろう?」
がしっと竜哉の首根っこを掴んで元宮が応戦した。
「お前だ、お前。いたいけな青少年を毒がにかけて」
「どの口からいたいけな青少年とか出てくるんだ?陸登はともかく、お前は乱れすぎだ」
両者がぐぐいと顔を近づけてにらみ合う。
とても仲が悪い二人だが、実はこうやって言葉の応酬をするのは楽しかった。
竜哉がさらに嫌味を返そうとした矢先に陸登が割り込んでその場を収集する。
「終わり、おーわーり!・・・ほら、俊介行こうって。あ、竜哉。明日マックの半額券の
期限だから帰りに寄って行こうな?」
「了解」
首元を放された竜哉が片手を額に当てると、陸登と元宮は手を振って人ごみに消えていった。
そんな二人の背を見送って竜哉は再び雑誌に目を落とす。
けれどどうも集中できない。
あのバカップルの熱気にでもやられたようだった。
だんだんと寂しい気持ちが胸の虚をついてくる。
しばらく蜷川の夜勤続きであえてなかったせいだろうか。
竜哉はとても蜷川の顔を見たくて仕方がなくなっていた。
「・・・・・バカ野郎」
ぽつりと、聞こえるはずのない相手に愚痴を零す。
別に女の子にもてないわけでもない竜哉はわざわざ女の子たちからのお返しを
前日までに済ませていた。
寮を出てくる前にシャワーにも入ってきたし、外泊届けだって出してきたのだ。
それもこれも蜷川のためで、久しぶりに会えるホワイトデーを二人で
ゆっくり過ごしたいと思うから。
「・・・・・なのに・・・」
竜哉は持っていた雑誌をざかっとラックに収めて半ば切れ気味に腕時計を見た。
「遅刻かよ!あのバカは!」
竜哉の唇が拗ねたように尖った。
自分が思うほど蜷川は自分のことが好きではないのだろうか。
そんな不安が脳裏をよぎってゆく。
「・・・・いつか必ず刺してやる」
追い討ちをかけるようにぽつりと呟いた。
「・・・あのな、一応公務員だから痴話げんかの末に刃傷沙汰なんてちょっと困るんだが・・・」
ふいに自分の独り言に答えられて、竜哉はばっと顔を上げて目の前の男の顔を見る。
それは待ち焦がれていた蜷川の顔だった。
「ばっ・・・・バカ野郎、遅刻するほうが悪いんじゃねぇか」
両手をポケットに突っ込んだまま竜哉は蜷川の脛にローキックをお見舞いした。
「いや、ほんと悪い・・・実は川に落っこちたばあさんがいてな・・・?」
必死に弁明をする蜷川を竜哉はぼんやりと見つめた。
消防隊のレスキューを職にする蜷川はやはりどこか正義感が強い。
だから困っている人を放っておけないらしく、たいてい遅刻の理由はこんな感じだ。
それが蜷川のいいところでもあり、竜哉を怒らせるところでもある。
「・・・で、そこんちのおじいさんが運悪くぎっくり腰でさ、ばあさん背負って家まで・・・・」
蜷川の声は心地よい。
耳に深く入り込んでくる甘いテノールだ。
顔は十人並みだけれど陽に焼けた肌は健康的で男らしい感じを受ける。
そういえば身体だけは下手なAV男優よりも格好いい。
見事な筋肉に包み込むような体躯は男でも女でも見ほれてしまう感じだった。
竜哉は久しぶりの蜷川のにおいにクン、と鼻を鳴らして目を細める。
「・・・・・竜哉、ちょっといいか」
そんな彼の様子に蜷川は話を止めてよいしょと荷物のように竜哉を抱き上げた。
「えっ、えっ・・・?」
寸前まで蜷川に見とれていた竜哉は抵抗することを忘れ容易に蜷川の好きにされてしまう。
そして蜷川は竜哉ごと本屋の横にあるバーへと続く薄暗い階段を下りた。
「なに、どうしたんだよ・・・?」
驚く竜哉の声に蜷川は足を止めるとその身体を今度は強く抱擁した。
抱きしめた腕の先から、触れ合う肌の先から、恋人の体温がしみこんでゆく。
「あのな、頼むから街中でそんな色っぽい顔しないでくれ・・・・止まらなくなるだろ?」
はぁ、と溜息をつきながら蜷川は竜哉の肩口へ顔を埋めた。
言われた竜哉ははっとしたように目を瞠る。
先ほどじっと蜷川を見つめていたその表情が、きっと感じているような顔に
なっていたのだろう。
だってしょうがない。
蜷川の愛撫を思い出してしまったのだから。
「・・・あ、あのな。それはお前のせいなんだから仕方ないだろっ」
「俺の、せいか・・・・?」
肩口にある頭が聞き返す。
竜哉はその頭をぎゅっと両手で抱きしめて囁いた。
「そうだよ。お前の・・・こと、考えたせいだ」
瞬間、竜哉は再び蜷川に熱く抱きとめられてしまった。
「煽るなよっ・・・・本気で、押し倒したくなる」
言いながらも蜷川は自分を止めることはせずに噛み付くように竜哉へキスをした。
ただ交わすキスではなく、舌をさらい腰さえも蕩かすほどの情熱的な口付け。
竜哉は鼻から息を漏らしながらその舌先に感じてしまった。
「・・・・早く帰ろう」
蜷川は僅かに目尻を赤くしながら竜哉を説得する。
その顔があまりに辛抱足りないもので、竜哉は思わず噴出してしまった。
「あのさ、今日ホワイトデーだって・・・わかってる?」
「わかってるって。・・・・・あとでプレゼント渡すから。なっ?」
なにが ”なっ” だ、と竜哉は頭で悪態をついたが、口元は嬉しそうに笑んだままだった。


激しい抱擁の後にはキスを。
キスの後には甘い言葉を。
貴方のまとう空気が最高のプレゼント。
今日は一緒に過ごそうね。
何度も名前を呼ぶから、ちゃんと返事を返してよ?
だって今日はスペシャルデー。
愛のお返しを貰う日だから。




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