
その週末は和輝にとって、とても重要な金曜日だった。
少し緊張した面持ちで慣れたドアを開く。
合鍵はもちろん持っていた。
部屋への鍵もカードキーという豪奢なマンションにあやかは住んでいる。
そこへ週末ごとに泊まりに来るのは和輝にとってもはや習慣で、今日もまたそれに倣って扉をくぐった。
「・・・あ、いらっしゃい」
リビングの大きめのソファに半分寝転がったまま雑誌をめくっていたあやかが顔を向けてくる。
柔らかめの甘い風貌に少しきつい瞳がアンバランスでまたいい。
そんなあやかの顔立ちを視界に納めながら和輝は彼の傍まで進んだ。
片方の足だけ床に下ろしていたあやかも身体を起こして和輝を出迎える。
するりと当然のようにまわされる指先。
背中にそれが触れたとき、互いの唇もまた触れ合った。
静かなキスはムード満点に恋人たちを盛り上げてくれる。
「あやか・・・ハッピーバレンタイン」
上手い言葉が見つからず和輝は困ったように笑いながら告げた。
それを受けてあやかも思わず笑みを浮かべる。
「で・・・こ、これ!チョコレート」
そこへいきなり和輝が持っていたコンビニの袋をあやかへ突き渡した。
「・・・え!?僕に!?でも普通、ここは僕があげる側なんじゃ・・・」
あまりのことにあやかは面食らったまま口を開けている。
あやかはこの瞬間、それはもういろいろと考え込んでしまった。
もらったチョコのおすそ分けなんだろうか、とか、実はやるよりやられるほうをやってみたくなった、とか、
本当は深い意味なんかなくてただ単におやつとして持ってきたのかな、とか、この時期でそれは
ありえないだろうな、とか、とにかくいろいろ考えてしまったのだ。
「そうなんだけど・・・・その、チョコレートって好きな気持ちを形にしてあげるもんだろう?
だから、あやかにだけ貰うんじゃなくて俺の気持ちもあげたいって・・・思ったんだよ」
和輝はそこまで言うと気恥ずかしいのか視線を横へとずらしてしまった。
あやかの口元が思わずにやけてしまう。
こんなにかわいい恋人をあやかは持ったことがない。
自分になにが出来るのか一生懸命考えて、そして結局これしか思いつかなかっただろう不器用な愛しい人。
コンビニの袋には一枚の板チョコが包装もされずに入っていた。
「・・・ありがとう、和輝。すごく嬉しい」
あやかは少し背伸びをして和輝の頬にちゅっと軽いキスをした。
そしてコンビニの袋を受け取ると中から板チョコを取り出して包装を破り始める。
「もちろん僕もちゃんと用意はしてあるんだけど・・・・・これはこれで、ね?」
「・・・・?」
あやかの言っている意味がよくわからなかった和輝は小首をかしげたまま彼の行動を見守った。
銀色の包装からチョコレートの頭が見えると、あやかはそれを歯で噛んでぱきっと割る。
綺麗に割れるように線の入った板チョコは一口大の長方形になり、あやかの唇から顔を覗かせた。
「・・・・ん」
片目をつぶり、あやかが背伸びをした。
そのせいで二人の顔が近づき和輝の鼻腔にビターの香りが広がる。
「・・・え!?」
和輝は思わず腰を引いたが、あやかの両手がそれを止め自分のほうへ再び引き寄せた。
そして唇を窄めながら再びキスを強請るように和輝に鼻先を擦り付ける。
照れた和輝は目を泳がせながらゆっくりあやかの腰元へ両腕を回し顔を傾けた。
「・・・・・・・・・」
チョコレートの先を和輝の歯が触れる。
そして唇をあやかのそれに押し当てるとぱきっと乾いた音をたててチョコレートが割れた。
甘い欠片が口内を支配してゆく。
しっとりとしたその感触を舌の上に感じながら和輝はさらに強く唇を押し当てた。
重なり合う柔らかな弾力は胸の芯を燻らせる。
ほろ苦い香りを携えた舌先があやかの唇の隙間からそっと侵入し、くちゅり、と唾液を含んで音を立てた。
「・・・・んぅ・・・・んふ・・・・・ッ・・・、・・・」
溶けたチョコレートの残る舌先を弄ってやると、あやかは和輝の腕に身体を任せ
声を漏らしながら口付けに酔ってゆく。
いつもはざらついた感触が今日はなんだか滑らかに感じて和輝もまた口端から興奮した吐息を吐いた。
二人の唾液でチョコレートはあっという間に溶けてしまう。
それを飲下した動作で喉が震え和輝の舌を唇が食むような形になり、あやかはうっすらと瞳を開く。
愛しい人。
今度はあやかが和輝の唇へ舌を差し込んだ。
ちゅぐ、ちゅぐっと何度も舌を交し合い唇を擦って愛撫する。
「んんっ・・・・ん、ん・・・ぁ・・・ふ・・・ぅ、ん・・・・」
どきどきと、どちらのものかわからないほど心臓が鳴り響く。
蕩けたのは、チョコレートだけではなかった。
「・・・・はぁ・・・・・、どうしよう和輝。すごく感じてしまったんだけど」
ようやく口付けを終えたあやかが和輝に向かって笑いかける。
キスもそうだけれど、和輝の言葉に。
あやかはとても心を感じさせられた。
「俺も同じ、かな」
和輝の表情も偽りのない笑みを浮かべている。
あやかは両手でぎゅう、と和輝を抱きしめたままその肩口へ顔を押し当てた。
「・・・・・じゃあ、風邪を引かないように暖房を強めにしておこうか。一晩中、ね?」
そう告げたあやかへの返事の代わりに、和輝の両腕があやかの背を強く抱いて鼻頭をつむじへ押し当てた。
聖なる恋人たちに、バレンタインから祝福を。
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