「・・・・・・・・・・ありえねぇ」
軍手をはめた手でヤンキー座りのまま草を引っこ抜き、ぷるぷると竜哉が震える。
今日は学校の校外授業で近所の公園や公共の広場を全校生徒で掃除中なのだ。
全校生徒なのだから竜哉がサボれないのは仕方がないとして。
「だからって・・・なんで炎天下の中草むしりなんざしなくちゃならねぇんだー!」
とうとう堪忍袋の尾が切れた、といわんばかりに竜哉はふんがー!っと引き抜いた草を
地面に叩き付けた。
そんな竜哉をちらりと横目で見ながら陸登がはぁ、とわざとらしい溜息をつく。
「竜哉ってさ、けっこう往生際が悪いよね」
「お前・・・それが親友の言う言葉か?慰めはねぇのか?一緒にサボろうぜとか
気骨はねぇのか?」
軍手をしていて手が使えないため、竜哉は肘で陸登をがくがくと揺さぶった。
「もうさぁ、諦めなって。あと30分もすりゃ終わりなんだしさぁ・・・いつもより
早く終わるからいいじゃん」
揺さぶってくる竜哉をいつものことのようにそのままにして、揺られながら陸登が呟いた。
確かに今日は校外授業のため午前中で終わりだ。
だからこそ現地解散のこの公園で竜哉は蜷川と待ち合わせをしていた。
目下ラブラブ交際中の二人だから蜷川の非番に合わせてデートを重ねているのだ。
そう考えれば校外授業など愛の力で乗り越えてしまえるのではないだろうか。
陸登は暗黙の了解で竜哉にそう告げていた。
「あーあーあー、そうだよなぁ。お前はいいよなぁ。すぐ近くに恋人がいるもんなぁ」
ぶちぶちぶち、と。
雑草を抜きながら竜哉が愚痴り始める。
こうなると止まらないのが竜哉だ。
「このしおりもヤツが作ったんだろー?”公園はみんなの憩いの場だから、ぴっかぴっかに
しよう!”・・・・幼稚園児相手じゃないんだから、もう少しなんとかなんねぇの?」
のってきた竜哉はとうとうこの校外授業のしおりをかばんから引っ張り出して朗読し始めた。
それをうっとおしそうに陸登が眺める。
「”雨が降った後は地面が柔らかくなるから草むしりには最適だよ”・・・・って、
おばあちゃんの知恵袋かぁーーー!」
丸まったしおりが公園のベンチ脇にあるゴミ箱へがつーんと綺麗に投げ捨てられた。
それに切れたのか今度は陸登がシャウトしながら草の入った透明ポリ袋をつきつけてくる。
「だぁー!竜哉、グジグジ言うな!うっとおしいからこれ捨ててきて!」
「うっとおしいって・・・・・ヒデェ・・・」
ぶつぶつと文句を言いながらも陸登には弱い竜哉がしぶしぶポリ袋を受け取る。
たぶん陸登が怒ったのは、竜哉が陸登の恋人である英語教師の元宮が作ったしおりを
捨てたからだろう。
あまりのいじらしさにかいぐりしたくなるが、さらに怒られそうなので竜哉はポリ袋片手に
立ち上がった。
触らぬ神にたたりナシだ。
多少なりと陸登だって嫌気がさしてきているのだろう。
二人揃ってとっとと草むしりを終えることが一番の得策だった。
「そっちのも捨ててくれば終わりだろ?俺、行ってくるからかせよ」
竜哉は陸登が捨てに行こうとしていたポリ袋を指差した。
「え?いいよ、俺もちゃんと捨てに行くって」
「いいからかせって。陸登は元宮んとこいって、終了報告してこいよ。それで解散だろ?」
校外授業は終わったところから解散していいことになっている。
多少端っこのほうを手抜きしていたからといって、教師たちもいちいち確認しに来ることは
ないだろう。
あと30分かかるところを10分で切り上げた。
それくらいなら陸登も許容範囲だったらしい。
軽く頷くと二人分のかばんを持って元宮のところへ歩き出した。
「よっし・・・とっとと捨てるぞ〜!」
なにやらわけもわからず意気込んで、竜哉もまたごみを捨てにトラックへ向かう。
トラックにまとめてごみを乗せて収集してもらうのだ。
これが終われば恋人に逢える。
しかも久々エッチだ。
ノリノリに軽やかなステップをかましながら竜哉は公園奥へと進んでいった。
「・・・・・・で、・・・なんだ・・・・」
そこへ、耳慣れた声が響いてくる。
ちょうど茂みから袋を持って出てきた竜哉は自然と声のほうへ顔を向けた。
レンガで舗装された道路のベンチ、女性が一人座っていてその先に筋肉質な男が立っている。
困り顔で苦笑を交えつつなにやらいいわけめいたことを言っているようなのだが。
「・・・・・アイツ・・・・」
竜哉の顔が怪訝そうに捻じ曲がる。
視線の先の筋肉質な男、竜哉の恋人である蜷川の姿だ。
どうやらそろそろ待ち合わせの時刻だろうと当たりをつけて来ていたのだろうが、それにしても
ナンパされているのかしているのか、女性と二人で話をしているのは捨て置けない。
竜哉はひっそりと茂みに舞い戻り聞き耳を立てた。
仮説その1、姉妹。
・・・そんな話はきいたことがないし、姉妹と呼ぶにはどこかよそよそしい態度だ。
仮説その2、ナンパ。
これは一番ありえそうな説だ。
蜷川は顔こそ十人並みだがレスキューで鍛えた逞しい体を持っていて、その雄くさいフェロモンが
女の人を虜にしてもおかしくはない。
仮説その3、道を聞かれている。
・・・なんで困る必要があるのやら。
竜哉はこの説を素早く削除した。
仮説その4、同級生とばったり会った。
同級生にしては相手が微妙なラインの年齢だし、昔話に話が弾んでいる様子もない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そんなふうに竜哉がもんもんと仮説を考えていると、女性は立ち上がり蜷川の腕をぎゅっと
掴んで抱き寄せた。
「せ、節子さん・・・・!」
「ねぇ、お願い!貴方と私の仲でしょう?・・・・今からの予定を中止して、私と一緒に
行きましょう」
蜷川は相変わらず困り顔だ。
まさか竜哉が茂みの中から様子をうかがっているとは思いもよってないだろう。
竜哉は腕組みにぴくっとこめかみを揺らしたがまだ我慢している。
「そう、言われても・・・・」
蜷川はこれから恋人である竜哉と待ち合わせをしていて、久しぶりのデートをする予定なのだ。
彼女がいくら誘っても頷くはずがない。
むしろ、頷いてしまえば恋人の竜哉より彼女のほうが大事だということになる。
・・・恋人である、ここが強調のポイントだ。
竜哉が今我慢しているのも、この強調ポイントがあるからこそだ。
「お願い・・・頼りにしているのよ、貴方のこと・・・私には貴方しかいないの」
しなを作りながら蜷川に迫る女性に竜哉の怒りゲージがマックスを迎える。
元来、竜哉は我慢強いほうではないのだ。
「・・・・・わかりました」
困ったまま眉を下げて、なんと蜷川はオーケーを出してしまった。
途端、竜哉の両目尻がきっとつき上がる。
仮説その5、浮気相手。
決定である。
「俺っていう最高の恋人がいながら・・・・・・」
竜哉がざっと音をたてて立ち上がった。
そのせいで蜷川たちも音のほうへ顔を向けて、そこに立つ竜哉の姿に気付く。
そしてあからさまに蜷川の顔が青ざめた。
まるで浮気現場を押さえられた男のようだ。
竜哉はわなわなと震える指先で草の詰まったポリ袋を両手で掴んだ。
「この・・・・・・・・」
待ち合わせの時刻がもうすぐであるというのに女といちゃいちゃして。
しかも自分との約束をすっぽかして女についていくことを約束して。
「この・・・くされチンコーーーーー!!」
ぐっと握り締められたごみ袋が、蜷川に向かって力いっぱい投げられた。
草がいっぱいつまったそれは案外軽く蜷川の顔面向かって飛んでゆく。
まぁ、蜷川のほうはさすが消防士というかなんというか。
すばらしい反射神経でそれを両手で受け止めるとぎょっとしたように竜哉を振りあおいだ。
「た、竜哉・・・!?いや、それよりお前、くされチンコって・・・・」
言われたセリフに呆然としている彼女と、ポリ袋を握り締める蜷川の顔を交互に
見つめてから竜哉は叫んだ。
「もうお前とは絶交だ!性病移されて死にくされーーー!!」
蜷川は顎が外れそうなほどショックを受けた顔をして、走り出す竜哉を見つめた。
やや遅れて追いかけようとしたが現役高校生の俊足を前に姿を見失ってしまう。
「・・・・な、なんなの?あの子・・・・」
呆然としたまま告げる女性に蜷川は薄ら笑いを浮かべるしかなかった。
「あんのくされチンコ・・・マジで死ね、地獄に落ちろ、ゴートゥーヘル!」
どすどすっと。
音が響きそうなほど強い歩行で陸登の待つ場所まで行くと、竜哉はかばんをむしりとった。
「うわ、どうかしたのか・・・?」
その動作に陸登が心配そうな声を上げるが、竜哉は何でもないと言うだけで精一杯だった。
早くこの公園から逃げ出してしまいたい。
「また、明日な・・・バイバイ!」
竜哉は親友にそう告げると再び早足で駅へ向かい歩き出した。
両手でかばんを握り締めながらどくどくと早く打つ鼓動に顔を顰める。
何をこんなに動揺しているというのだろう。
恋人に浮気されたとか。
プライドを傷つけられたとか。
そんなことより絶交だと言ってしまった自分に自己嫌悪して気分が悪い。
ちょっとくらい弁解を聞いてやればよかったかもしれない。
でもそれで浮気のほうが本気になったからもうお前に用はないとか言われて
しまったら立ち直れない。
きっと誤解なんだろうと心のどこかで期待している。
だからってフォローの電話も鳴らないってことはやっぱり言い訳するつもりもないのか。
ぐるぐる、ぐるぐるとマイナス思考が頭を埋めてゆく。
「ばかばかしい・・・・あんなヤツ程度、俺なんか吐いて捨てるくらい告られるっての・・・」
けれどなぜ、竜哉の目は潤んでいるのだろうか。
ぐずっと鼻をすすると竜哉は携帯を取り出して画面を見つめた。
やはり蜷川からの着信はない。
悔しいし、哀しい。
蜷川の隣にいるのはいつでも自分でありたいなんて。
いつの間にそんな独占欲が生まれるほどに蜷川のことが好きになっていたのか。
「なんだよ、コレ・・・アホらしい・・・」
初めて感じる嫉妬という感情に竜哉は動揺を隠し切れない。
人気のない道路の片隅で、瞳から溢れ出る涙を手の甲で拭いながら竜哉は時が過ぎるのを待った。
竜哉の知人のあやかの携帯が鳴ったのは、それから15分ほどたった時だった。
恋人である和輝と甘い時間を過ごしていたあやかは少しけだるそうにそれに出る。
「・・・・もしもし?」
『もしもし。俺、竜哉』
同じAV会社に所属している竜哉とあやかは事務所で何度か顔をあわせていて、
気の合う同僚ではないがそれに似た感覚でよく話をする。
あやかが携帯番号を教えているAV男優なんて、きっと竜哉くらいなものだ。
「どうしたの?」
『今からすぐに・・・そうだな、あやかとよく行く駅近くのファミレスに来てくれよ。
待ってるから』
竜哉の予想だにしなかった言葉にあやかは目を丸くする。
今日は週末なのだから、当然のごとくあやかは恋人と一緒に夜を過ごす。
それくらい、竜哉だってわかっているだろう。
「・・・・え!?い、今すぐ!?無理だよ・・・だって・・・」
『俺制服なんだけど夜中まで一人でいたら補導されちゃったり万が一あやしい男たちに
どっか連れ込まれちゃったりそのまま薬漬けにされてポルノに出演させられちゃって
ゆるゆるになったら香港あたりに売り飛ばされちゃうかもしれないなぁ・・・・
早く来て欲しいなぁ・・・・(プツッ)』
「あ・・・・」
竜哉はあやかの言葉を無視して一方的にまくしたてると反論を許さず電話を切ってしまった。
しかもこちらからかけなおしても通じない。
ホモAVに出ているやつが今更ポルノに出演させられようがかまわないだろうとは思うのだが。
あやかはくしゃくしゃになっていた髪をゆるくかきあげると、仕方なさそうにベッドの
先にいる恋人を振り返った。
「・・・・うわ、なんだよ。SP付きかよ」
あやかがファミレスに入った途端、入り口近くの席に座っていた竜哉が心底嫌そうな顔をした。
それを見てあやかは少しばかり脱力したような気分に襲われる。
「あのね・・・もともと君が割って入ってきたんだから」
言いながらあやかは和輝の手を引くようにテーブルへ移動し、竜哉の隣へ腰を下ろした。
見ると確かに竜哉は制服のままここまで来たらしい。
「へぇ・・・あんたが噂のあやかの恋人?年下の極上であやかがメロメロって聞いたけど・・・」
竜哉の視線が和輝を物色する。
その視線がいささか気に食わなかったのか、和輝は少しむっとした様子だった。
「確かに俺たちの年代からいったらデカいけどさ。コレのどこに惚れたわけ?あやか。
・・・あ、若さか。持久力か。たしかに勃起の角度が違うもんなぁ」
あけすけに言い放つ竜哉に和輝が顔色をなくす。
和輝にとってこういった人物には免疫がまったくない。
しかも若さだけであやかを落としたなどと口さがなく言われているのだ。
和輝の手が拳を握ってわなわなと震えた。
「お前・・・初対面の相手に対してその口の聞き方はなんだ!そこへ直れ!」
店に迷惑にならない程度の小声で怒鳴りつけた和輝に竜哉が腰を引く。
「うわ!どこの時代劇だよ、直れって言われて直るのは小学校の前倣えくらいだっつの!」
「そんな貴子みたいなへらず口を・・・」
和輝のこめかみには血管がぴくぴくと浮き上がっている。
しかし、この言葉に切れたのは竜哉も同じだった。
「お前・・・お前もあやかと女を天秤にかけてんのかよ!このくされチンコ!」
「・・・・・はい?」
突然言われた方向違いな言葉に和輝は戦闘意欲をなくして思わず聞き返す。
それでも竜哉の暴走は止まらなかった。
椅子から立ち上がると座るあやかの頭を抱え込むように抱き寄せて和輝を睨みつける。
「あやかはなぁ、すっげぇいいやつなんだぜ!?そこらの女と比べていいタマじゃねぇっつの!」
「あのな・・・貴子は俺の幼馴染で・・・」
「かぁーーー!幼馴染に手ぇつけてんのかよ!これだから伊達男ってのは最低だな」
なかば一方的にけんかになりそうな二人を、あやかの両手が押さえ込んだ。
「・・・ストップ!ストーーーップ!」
「あやか・・・」
労せずに店内の視線を集めてしまった自分たちにあやかは苦笑を交えて肩を竦める。
「二人とも落ち着いて・・・・竜哉君、なにがあったわけ?ちゃんと聞くから、話」
あやかにそういわれてしまっては、竜哉もこれ以上けんかを発展させるわけにはいかなくなった。
すとんっと椅子に腰を下ろすと飲みかけだったウーロン茶を口に運ぶ。
その様子に和輝も一息ついてから椅子に腰を下ろした。
「・・・・俺の恋人だったあのくされチンコオヤジがさ・・・」
「待った。その言い方もどうかと思うけど、だった・・・って、過去形なのは何で?」
あやかは竜哉の物言いに多少閉口しながらも小首を傾げて尋ねてくる。
「別れたんだよ。絶交したんだ。・・・・・俺との約束ブッチして、女と一緒に出かけるって
俺に内緒でこそこそ約束してて・・・そんで、俺、絶交って言ったのになんの連絡もなくて」
「なにか、特別な用事があってとか・・・」
「浮気だろ!?浮気だからフォローもナシなんじゃん。・・・・・俺、わけわかんなくなって・・・
だって、そんなに好きだとかって思ってもみなくって・・・わかんないけど、わかんないけど
あの女と一緒にいるの見てすごいムカついた!なんで蜷川のくせに俺のこと一番に大事に
しないんだよって、なんで女と腕組んでんだよって・・・」
竜哉は震える手でテーブルに置いてあった携帯電話を握り締めた。
「・・・・・もともと、蜷川はホモってわけじゃなくって・・・ホモビだって俺の出てるやつしか
買ってなくって・・・だから、やっぱり女がいいんじゃないかって・・・」
竜哉はふたたび目頭が熱くなるのを感じた。
泣いてもどうしようもないことはわかっているから、合理主義者の竜哉はあまり泣かない。
それなのに理屈じゃない涙が溢れてくるのだ。
「・・・あのさ、よくわかんないけど・・・少なくともホモじゃない人間ってのが男を好きに
なるのは相当な気合と根性がないとダメだと思うんだ。それでも好きだって自覚したんだとしたら
並大抵な好きなんかじゃなくて、全部投げ出してもいいくらいの恋だと思う」
そう、口にしたのは和輝だった。
「・・・え?」
顔を上げた竜哉に和輝は小さく微笑んだ。
「俺も・・・・あやかのこと好きだって自覚したときは正直ちょっと悩んでさ。自分が男と
付き合うことになるなんて思いもよらなかったし・・・・でもダメだった。あやかのことを
忘れられなくなって、気付いたら追いかけてて、手に入れたらもう二度と離したく
なくなってた・・・」
「和輝・・・」
あやかがほんのりと頬を染めながら和輝を見つめる。
「だからきっと、相手の人も多少なりと後悔してると思うし、ちゃんと話し合ったほうがいい。
いつでも手放すことはできるけど、手放してから悔やんでも遅いんだ」
しっかりとした口調で語る和輝に竜哉の首が縮まった。
「なんつーか・・・・お前に言われるとなんか小癪・・・」
「なんだと!?」
かちーんときた和輝が立ち上がりかけるのをあやかが止めて、竜哉のほうを振り返る。
しかしそこには少しばかり晴れ晴れとした顔があった。
「でもまぁ、たしかに俺だけ悩んでるってのは不公平だしな。よし、白黒つけてやるぜ!」
「そういうことでも・・・ない気がするんだけど・・・」
あやかは空笑いを浮かべながら、けれど温かな視線で竜哉を見守った。
竜哉の明るい笑顔にあやかはもう何度も救われている。
だから自分が、自分の恋人が役に立てるのはほんとうに嬉しいことだった。
「さて・・・じゃあそろそろ引き上げるか。よし、かえるぞー、みんなー」
どこまでもゴーイングマイウェイな竜哉はさっさと清算を済ませ、せかしぎみに二人を
出口へと引っ張ってゆく。
悔やんでいるような姿は竜哉らしくないのだから、これはこれでいいのだが。
和輝とあやかは肩を竦めて目配せすると竜哉の後を追ってファミレスから出ていった。
「よっしゃー、とりあえず蜷川に弁解でもさせるかぁ」
竜哉はすっかり暗くなった街角で拳を振り上げ力説した。
気合でも入れておかないとまた哀しくなるからだ。
抱きしめられることに慣れてしまったら、一人放り出されることがこんなにもつらいのかと。
竜哉は痛感させられていた。
「・・・・え?あれ?た、竜哉・・・?」
そこにかけられた声にまさか、と竜哉以下二名が体を振り返らせる。
和輝は相手の顔がわからなかったが、あやかは苦笑、といった表情を口元に上らせた。
「・・・・・・くされ、チンコ・・・・!」
竜哉の顔がみるみるうちに鬼の形相へと変貌していく。
声をかけた相手、蜷川がしっかり先ほどの女性を連れて、しかも腕を組みながらこちらを
見ているのだ。
これに怒らずにいつ怒れというのだろうか。
「すいません、節子さん・・・あの、この場は帰ってもらっていいですか?」
「ええ〜?これからじゃないの〜」
「もう、ほんと、ほんとすいません」
言いながら蜷川は女性を止まらせたタクシーへと押し込め帰した。
そこまでやっても事態は後の祭りなのだが。
「ふ・・・・・藤臣和輝ぃーーー!」
竜哉は怒りにぶるぶると腕を振るわせたが、とうとうぶち切れたらしく大声で叫んだ。
「え!?俺・・・!?」
怒りの矛先は蜷川に向いているはずなのだが、なぜか呼ばれた和輝がぎょっと目をむく。
無論、その傍にいるあやかの顔も驚きの色を隠せずにいた。
確かに名前まではあやかに聞いて知っているはずだが、名前を呼ばれたのは今が初めてだ。
戸惑いを隠せずにいる和輝を振り返ると、竜哉はびしっと指先を伸ばして指示を出す。
「そこへ直れ!」
あまりの剣幕と展開の速さに思わず和輝は言われたとおりびしっと姿勢を直した。
「下を向けぇー!下ァ!!」
脳で考えているというよりも最早脊髄反射の勢いで和輝の頭が下を向く。
そこへつかつかと歩みよった竜哉が。
「・・・・・あ!」
「・・・・ああ!?」
「・・・・・・・・ッ!」
襟首を掴んで、キスをしたのだ。
あまりのことに抵抗できずにいる和輝の唇に自分の唇を押し当てた竜哉はねっとりとした
動きで舌をはわせ相手の唇をぬらしてゆく。
ことさら舌を伸ばしていたのは蜷川に見せるためだ。
案の定、和輝やあやかばかりでなくタクシーを見送った後の蜷川でさえ固まっていた。
「・・・・・っぷ、はぁ・・・・・蜷川、俺もう新しいヤツ作ったから。あんたより
ぜんぜん若いの!」
高笑いでもしそうなほど高飛車に竜哉が蜷川を振り返る。
そこでようやく我に返った和輝が口元を押さえながら視線を細めた。
ダシに使われたのだ。
蜷川と別れるためか、それとも蜷川にやきもちを焼かせるためか。
どちらにしろいい役回りではなさそうだ。
「・・・・竜哉・・・・」
何かをいいかけた蜷川は一瞬の躊躇を見せ、その後すぐに大股で三人に近寄って
竜哉の腕をがしっと掴んだ。
「っ・・・!なんだよ、この浮気モノ!」
げしっとすねを蹴ってくる竜哉を両腕で抱きかかえると蜷川は踵を返して歩き出した。
「離せっ、おい、下ろせよ!」
体格差か、普段の鍛え方の差か。
竜哉の抵抗はほとんど蜷川には効いていない。
呆然としたままのあやかと苦笑いを浮かべる和輝を残して、トラブルメーカーな
恋人たちは姿を消した。
後にはただ、気まずい空気だけが流れている。
「・・・・・・あの、あやか・・・?」
まだ口元を押さえたまま、おそるおそると恋人を振り返る。
するとあやかはそっと和輝の腕に寄り添って顔を見上げてきた。
「・・・気にしてないからね?」
そう告げてはいるもののあやかの表情はどうにも温かさが感じられない。
「竜哉君のキスくらい、よけられただろうなぁ・・・・とか、思ってないからね?ぜんぜん」
「・・・あはははは・・・」
にっこりと、けれど目が笑っていない恋人を前に、和輝はただ笑うしかなかった。
ファミレスの先の大通りを抜けた小道脇に大きな公園が設置されている。
そこまで竜哉を連れてくると、蜷川はまるで荷物でも下ろすかのように竜哉をベンチへ座らせた。
「・・・・・お前、強引すぎだっての・・・」
すでに抵抗する気力を失っていた竜哉が脱力しながらベンチの背もたれに寄りかかる。
それを見届けてから蜷川はその眼前に膝をつくように座り下から竜哉を見上げた。
背の高い蜷川を見下ろすことなどあまりない竜哉は、その見たことのないような真剣で、
どこか怒った感もある蜷川の表情に息を呑んだ。
「・・・・・竜哉、浮気って・・・なに?絶交って、なんだ?意味がわからない。
ちゃんと説明してくれ」
竜哉は今更にまだそんなことを言ってくる相手にかちんっとくる。
鈍感にもほどというものがあるだろう。
「あ、あのなぁ!女連れで俺との約束をほっぽっといて、今更なに、じゃねぇだろ!」
「節子さんのことを言ってるのか?」
言われた蜷川は意外そうに眉根を寄せながら首をかしげた。
そんな様子にさらに竜哉は惨めな自分を感じてしまう。
こんなにも好きなのは自分ばかりで、蜷川にとっては浮気しようがなんだろうが
かまわない程度の恋人なのかもしれない。
そう思うと竜哉の目が潤みを帯びてきた。
「他に・・・誰のこと言うってんだよ・・・俺との約束やぶって、あの人と一緒に行くって約束
してたくせに!俺のこと追いかけてもこないで、電話もしなかったくせに!もう・・・・・
もうあの女に心移りしたんだろ!?なら、俺のことなんかほっとけよ・・・・クソオヤジ・・・」
強がりな口調に、泣きそうな表情。
竜哉が我慢しているのは火を見るより明らかだった。
蜷川は一瞬苦しげな表情を見せると竜哉の腰に両腕を回し、その腹元へ顔を
うずませるように抱きしめた。
「悪い・・・!あの人とは何でもない!レスキューの先輩の奥さんで・・・コンビニ帰りに
ちょうどあの公園を通りがかったらしくって・・・あ、家が近くにあるんだが、それで今日、
引越しがあるっていうのに手伝いの一人が怪我をしたらしくて、手ぇ貸してくれって・・・
今の今まで手伝わされて、もう帰るって言ってもお礼にって夕飯に連れ出されてな」
蜷川の言葉に竜哉の眉尻がだんだんと下がってゆく。
「バカ野郎・・・そんな言い訳、誰が信じるかよ・・・」
「言い訳じゃない!でも・・・俺が悪い。頼まれたら、いやってなかなかいえなくて・・・・
竜哉に嫌な思いをさせた。ごめん、悪かった!・・・・本当はすぐにでも電話して、
飛んでいきたかったんだ。でも絶交なんていわれて頭がぼうっとしているうちに引越し
手伝ってて・・・・悪い、竜哉。悪い・・・」
何度も謝ってくる蜷川が妙に小さく見えて、竜哉は思わず片手を伸ばして蜷川の頭を撫でた。
「・・・いいよ、もう。なんか喧嘩してんの、バカらしくなってきた」
竜哉の言葉に蜷川が伏せていた顔を上げる。
「竜哉・・・・俺は浮気はしてない。竜哉だけだ。本当だ。・・・・信じて、くれるか?」
「・・・・ほんとは殴ってやりたいところだけどな」
竜哉は苦笑を浮かべた。
先ほどまであんなにも激昂していた気持ちが穏やかになっている。
確かに、蜷川には頼まれればいやといえないところがある。
そこが蜷川のいいところでもあり、悪いところでもあった。
けれど竜哉にとってはそこが彼に惚れた部分でもあって、蜷川と付き合っていく上ではもう
仕方のないことのようにも思えてくる。
何よりも蜷川の抱きしめてきてくれる腕が、竜哉の心を安心させてくれた。
「・・・・・顔見たら、どうでもよくなった。蜷川が俺だけっていうなら、俺も
蜷川だけだから・・・」
そこでふと、蜷川の顔が険しくなる。
「そうだ、竜哉。あの男はなんだ?キス・・・・して・・・」
竜哉は言われてはっとした。
そういえばやけくそまぎれに和輝とのキスを蜷川に見せ付けてしまったのだ。
今までの甘いムードがどこか剣呑とした雰囲気に変わっていってしまう。
「え、えーと・・・・・あれはまぁ、なんていうか。事故っていうか、なんていうか・・・」
いいあぐねた様子の竜哉に、さらに蜷川がずずいと顔を迫らせる。
「しかもくされチンコとか言ってなかったか?恋人に向かって、それはないだろ、お前・・・」
「だ、だってさ、俺以外のヤツに使うチンコなんざ、くされチンコで十分だって
思うじゃねぇか・・・な?な?・・・あはははは」
笑って誤魔化す様子の竜哉に溜息をつくと、蜷川はその体を再び抱きしめるように持ち上げた。
ふわりと蜷川の匂いに包まれて竜哉は鼓動を早めてしまう。
「・・・まったく。くされてるかどうか、今から証明してやるよ。心配させた侘びも兼ねて」
「時間かけてゆっくり?明日の仕事、起きれなくなるんじゃねぇの?」
「寝ないから平気。ちゃんと付き合ってくれよ?」
目配せしてくる蜷川に竜哉が噴出すように笑った。
|
|
|